「 『チベットは独立を求めていない』と言ったダライ・ラマ法王の真意 」
『週刊ダイヤモンド』 2013年12月21日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1015
ずっと気になっていたことがある。11月中旬に訪日されたチベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ法王の発言である。スペインの全国管区裁判所が11月9日、江沢民元国家主席、李鵬元首相ら5人に、チベット人大虐殺の容疑で逮捕状を出した件について、法王が右の司法判断に留保をつけた発言である。
「共産党一党支配の中国では誰も自由な思考を許されない。江沢民は一党支配の下で世界、現実、真実から遮断されていた。閉鎖社会の体制が虐殺に走る指導者を生み出したのです」
右の発言を私の主宰するインターネットテレビ「君の一歩が朝(あした)を変える!」で報じたところ、視聴者から、なぜ、100万人規模のチベット人を殺害した漢族の指導者の罪を問わないのか、法王のお考えはどこにあるのかという問い合わせが続いた。
考えれば考えるほど、私たちは法王の発言に深い注意を払わなければならない。その発言は漢族の異民族支配がいったいどんな状況を生み出すかを伝えてくれるからだ。法王は異民族が異民族として存続するのを許容しない中国共産党の支配に関して、日本の衆参両院の議員らとの対話でこう語った。
「チベットは独立を求めていません。安全保障も外交も中国に任せる。われわれは中国の一部でよい。チベット仏教、言語、文化を守って暮らすことが大事で、独立は目標ではないのです」
これは当初設定されていた対話の予定時間が終わりに近づいたとき、法王自ら時間延長を申し出て、その冒頭で述べたものだ。法王がこの発言を中国政府に届けたいと考えていたのは明らかだ。在日チベット人との会合でも法王は以下のような訓話をした。
「日本をはじめ、言論の自由が許される国々で暮らすチベット人が、外から中国政府を非難することは慎みたい。中国政府は非難されていきり立ち、国内にいるチベット人に怒りを向ける。弾圧はさらに激化し、チベット人は抵抗を強め、痛ましい焼身自殺が続く。しかし、チベット人が命を懸けて抗議しても中国政府の弾圧はやまず、問題も解決されない。したがって中国に残っているチベット人のために、自由な世界に逃れたチベット人は、言動を慎まなければならない」
ただでさえ、経済、軍事、人口において中国に圧倒されているチベット人、その前にチベットに民族浄化作戦を実施する中国人の鉄の意思の壁が立ちふさがる。このような状況では漢族への服従しかないと、法王は語っているのである。
日々、午前3時半に起床して、法王は5時間ほど瞑想するという。長年の瞑想の末にチベット人の生き残りのためには、現在は服従しかないという結論に達したのであろうか。
法王に限らず、誰も皆、中国共産党一党支配体制が永遠に続くとは考えていない。いずれ、価値観の変革が中国人の間で必ず起きる。そのときチベット人がチベット仏教を守りながら暮らせる日も来るだろう。その日まで、チベット人にとって最も大事なのは、仏教、言語、文化を守り続け、チベット人の価値観を失わないことだ。
法王が中国共産党指導者を非難せず、チベットは中国の一部であり続けてよいとのメッセージを発するのも、中国共産党がもくろむチベットへの民族浄化、チベット人の完全なる抹殺を回避するためだと考えるべきだ。法王が言葉で中国指導部を非難しないことを、日本の私たちが批判するのは慎まなければならないと思うゆえんだ。
いま、日本が中国に脅かされているのは尖閣諸島である。だが、中国が対日侵略を尖閣で止めるとは思えない。チベットのみならず、アジア諸国で起きているおぞましい中国支配が日本に及ばないと考えるのは人がよ過ぎる。チベットの事例を日本はしっかりと心に刻んでおくことだ。