「 どうした、米国外交の揺らぎ 」
『週刊新潮』 2013年12月12日号
日本ルネッサンス 第586回
米国の外交は大丈夫か。戦後の国際秩序の形成を担ってきた米国がいま、中東でも、東南アジアでも揺れている。その揺れは日中関係にも大きな影響を及ぼさずにはおかない。
折しも11月23日、中国は突然、尖閣諸島周辺を含む東シナ海に防空識別圏を設定し、「圏内を飛ぶ航空機は、飛行計画を中国外務省または航空当局に提出する義務を負う」「中国国防省の指示に従わなければならない」と国際法を無視して彼ら独特のルールを発表した。
中国海軍諮問委員会主任の尹卓少将は、「中国政府は同様の空域を黄海、南シナ海などの関連海域上空にも広げるだろう」と語った。
結論から言えば、米国がいち早く抗議し、日本、韓国、台湾、EUまでも中国の防空識別圏設定を受け入れられないと意思表示した。中国が国際社会に通用しない強引な措置を講じたのは、習近平主席が軍の強硬路線を抑えられないからだとの見方もある。こうした不安定な中国の国内要因が国際社会に明らかな形で危機をもたらしているいまこそ、日米安保体制の緊密化が必要である。そのためにもオバマ外交がどこに向かおうとしているのか、日本は同盟国として、またアジアの責任ある国として、どのような方向性を打ち出すべきなのかが、いま問われている。
米外交の不安定さを、たとえばイラン外交に見てみよう。11月20日からジュネーブで開催された米、英、露、独、仏、中の6ヵ国とイランの協議で「共同行動計画」が合意された。合意は第一段階と第二段階に分かれ、第一段階の唯一の目的はイランの核開発が平和利用であることを証明してみせることだ。
それを踏まえての第二段階では、最終的に国連安保理による制裁を解除し、イランは民生用の原子力技術を取得出来るというものだ。
求めているのは「核兵器」
第一段階でイランに求められている措置は以下のとおりで、これらを6ヵ月で実施するとされている。濃縮度5%を超えるウラン濃縮活動を停止する。20%に濃縮されたウランは5%に希釈するか、核兵器製造につながらない酸化ウランに転換する。濃縮能力の向上を中止する、つまり、新型遠心分離機や濃縮施設の新設は行わない。低濃縮ウランであってもその貯蔵量は増やさない。アラクの重水炉における活動を中止する。IAEA(国際原子力機関)の抜き打ち査察を受け入れる。
ちなみにイラン西部のアラクで進められている重水炉が完成すれば、核兵器製造に使えるプルトニウムの抽出が可能になる。1年間でプルトニウムの生産量は5~10キロとなり、核兵器1個分に相当する。
イラン側の措置に対し、米国をはじめとする6ヵ国は、これまで禁止されていた貿易の内、人道的取引を促進し、そのための貿易決済を可能にするなど、制裁緩和措置を決定した。
ジュネーブ合意をイランはどのように受けとめたか。帰国後にテヘランで行った記者会見で、ロウハニ大統領が「国際社会の列強はイランの核の権利を認めた」と、勝利の喜びに満ちた声音で語ったと、「タイム」誌は報じた。ロウハニ大統領の喜びは、ジュネーブ合意が過去の国連の要求よりずっとイランに対して寛容な内容だったことも大きな理由であると、分析されている。
少なからぬ専門家は最悪の場合、イランは核開発を再び進める可能性があると見ている。
今年初めまで大量破壊兵器問題に関してオバマ大統領の下で調整役を務めたゲリー・サモア氏は、「イランが求めているのは核兵器であり、イランの意思を変えるには説得では不十分で、強制的圧力のみがその核開発能力取得を阻止できる」と語っている。
イスラエルでもまた、イランの平和攻勢の目的は、制裁緩和であり、イランには「核兵器獲得の一歩手前で開発を停止する準備はあっても、核開発計画自体を放棄する意思はない」と分析されている。
イスラエルの烈しい反発は自国の生存がかかっているとの認識ゆえだ。ネタニヤフ首相は今年10月1日の国連総会の演説でロウハニ大統領を「羊の皮をかぶったオオカミ」と批判した。イランはかつてよりイスラエルの殲滅を宣言してきた。
穏健派といわれるロウハニ大統領にしても、8月2日、イスラエルについて、「何年にもわたりイスラム教徒の体に巣くう古傷で、取り除く必要がある」と述べたとイラン学生通信が伝えた。但し学生通信はその後、ロウハニ大統領の発言は「パレスチナやエルサレムが(イスラエルの)占領下にあることはイスラム世界の古傷である」と述べたと訂正した。情報は錯綜しているが、大統領が他国を「取り除く」と発言したというニュースが違和感なしに配信されるだけの、イスラエルに対する憎悪がイラン国内に存在していることをこの件は示しているのではないか。イスラエルへの憎しみを抱いてきたイランは過去20年近く国際社会の監視を逃れて核開発を継続してきた。イスラエルが脅威を感ずるのは当然であろう。
イランの平和攻勢は明らかに西側各国による経済制裁が大きな効果をあげていたことによる。
対話だけでは解決できない
年来の制裁でイラン経済は疲弊の極みにある。たとえばイラン経済の基盤をなす原油の輸出である。昨年の原油輸出はその前年に較べて252万バーレル/日から152万バーレル/日へと、39%減少した(今年1~8月の実績はさらに落ち込み106万バーレル/日である)。
昨年の原油輸出による外貨収入は690億ドル(100円換算で6兆9,000億円)、前年比27%の減少だった。約5兆円と推測される海外資産はいまも凍結され続けている。
通貨のリアルは、11年1月の対ドルレート約1万5,000リアルから、激しい下落を重ねて12年末には4万リアルに近づくなどリアル安が続いている。
インフレ率は11年が21・5%、12年が25・2%、今年年初から9月までの統計は40・1%である。
こうした国内経済の苦境がイラン国民に対米強硬路線への疑問を抱かせ、「穏健派」といわれるロウハニ師を大統領に選んだのが今年6月だった。
オバマ大統領は一連の反発に対して、11月29日、イラン原油の輸出を現在の水準にとどめるために、イラン中央銀行と取引する外国の金融機関に対して米国の金融機関との取引禁止の措置を180日間、延長すると発表した。
対話だけでは解決出来ない問題を対話で解決しようとするオバマ外交の限界は明らかだ。米国に、中国もまた対話だけの外交は通用しないことを日本は伝えなければならない。