「 いじめ・不登校・校内暴力ゼロを“花づくり”で実現した旧真田町 」
『週刊ダイヤモンド』 2006年12月9日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 669
今、大人たちは、子供の犯罪やいじめを前に、なす術を失っているかのようだ。けれど、かつての私たちはそれを抑制できていた。ならば、現在の私たちにも出来ないはずはない。
ここに紹介する例は、子供の犯罪やいじめに学校が取り組み、成功した具体例である。
長野県旧真田町(さなだちょう)(現上田市)には、公立の小学校四校と中学校二校がある。過去4年あまり、この町では子供の非行はゼロ、万引きも窃盗も、校内暴力も不登校もゼロ。いじめも今のところ見当たらない。上田市教育委員会の大塚貢教育委員長に、これまでの経緯を聞いた。
犯罪が起きた学校を各三回訪れ共通点を見出した教育委員長
大塚氏は1997年5月に旧真田町の教育長に就任、以来9年間その職を務め、今年4月、同町が上田市と合併したのに伴って上田市教育委員長に就任した。60年以来の教職人生のなかで、幾度となく“荒れた学校”を鎮め、再生させてきた実績を持つ。その経験から、氏は「教育の立て直しには、三つの柱が必要」と言う。心の教育、体の成育、授業の充実、である。
標語としては、しごく普通である。しかし今、全国の学校で、当たり前のこの三つが、具体的にどれだけ実践されているかが問題なのだ。
氏はこれまで、在校生や卒業生が殺人などの凶悪犯罪を犯した学校を、一定の期間をおいて三度ずつ訪れてきた。一度では見えてこないことが、三度足を運ぶうちに見えてくるからだ。
「心を癒やす教育がなされていないことが、まず見えてきます」。こう述べて、氏は一枚の写真(97年6月時点)を取り出した。あの「酒鬼薔薇聖斗」と名乗る少年(当時15歳)が在籍した神戸市の友が丘中学校である。校門から見えるプランターの花はすべて立ち枯れている。植木鉢は前年から放置されていたと見え、枯れた植物のあいだから雑草が伸びている。
「校門近くの花ですから、生徒や先生がたも毎日見ているはずです。しかし、誰も手入れをしないまま放置されてきたのでしょう」
次は佐世保市。2004年、「毎日新聞」記者だった御手洗恭二氏の愛娘・怜美さん(当時12歳)がクラスメートに殺害された市立大久保小学校だ。「事件が起きた6月は花いっぱいの季節のはずですが、校庭には一輪の花も咲いていない。潤いがない環境でした」。
もう一例。自宅に放火して母と弟妹を焼死させた高校生が通った奈良市の東大寺学園だ。こちらは、いかにも費用をかけた立派な環境だが、なぜか学校らしさがない。どこかのIT企業の工場か、保養施設のエントランスを思わせるたたずまいで、生徒たち自身が植物を育てている気配はないと、氏は感じた。
氏が花にこだわるのは、心の教育には花づくりが最も効果的だったという体験からだ。
「生命の大切さをどう教えるべきか、試行錯誤でした。小動物の飼育、野菜やコメづくり、いろいろ試みましたが、そのなかで生徒たちが最も反応したのが花壇だったのです。春花壇も秋花壇も、土づくりから始めさせます。土を深く掘り、堆肥を加え、塊をほぐして種をまく。発芽から葉の成長、つぼみが育ち開花するまで毎日、水やりをする。世話をしなければ、花はしおれる、枯れる。この過程を通して、生命とはそういうものだと心に刻んでいきます」
かけた手間、注いだ愛情に応えて花が美しく咲いてくれる。生徒たちは真っ正直に喜びを表現する。おのずと優しさを身につけていく。
「先日の日曜日、旧真田町のM小学校に足を運んだところ、生徒たちが、キクに付いたアブラムシを楊枝を使って落としていました。なぜ殺虫剤を使わないのかと尋ねると、そんなことをしたら花が傷んじゃいますと答えたのです」
こうした優しさが心に育まれると、それが級友たちに対しても及び、結果的にいじめをなくす力になっていくと氏は見ている。
第二の柱である体の成育では、学校給食の大改善に取り組んだ。当欄でも以前紹介ずみだが、給食をパン食からご飯食に切り替えたのだ。
私は取材で多くの学校現場に足を運んだが、朝食抜きで登校する生徒の多さに心底、驚く。そういう子供たちは、前日の夕食以降、学校給食までのおそらく16~18時間、まともな食事を取れない計算になる。これでは授業に集中できず、心の不安定につながる。
大塚氏は、おなかにたまるご飯食に切り替えた。農協と連携して、コメも野菜も果物もすべて低農薬にし、魚を中心に地元の新鮮な野菜、卵を取り入れた栄養価の高い、ボリュームのある献立にしたのだ。学校側からは強い反対が起きた。パン食のほうが取り扱いやすいためである。そこで栄養士を招き、米飯がいかに栄養上優れているかを説き、特別授業で生徒にも教えた。「政府の食育教育の先取りです」と氏は笑う。
教員全員が研究授業で相互評価
生徒全員の学力向上を実現
一方、第三の柱である授業の充実に関しては、全教員が研究授業を互いに参観し、評価し合う仕組みを構築している。授業がわかりやすいか、興味深いか。生徒の意見も取り入れながら、自らの不足を補って授業を深いものにしていく。そして、週末の宿題はなし。代わりに家の手伝いとスポーツを指導する。
こうした一連の改革の結果、氏が教育長となって4年目の末頃から、小学四校、中学二校の全校で非行ゼロ、校内暴力ゼロを達成している。
さらに驚くべきは、学業成績の向上である。
全国で百数十万人の生徒が参加する「数研式・CRT学力テスト」では、採点がA(学力が高い)、B(中間)、C(学力が低い)に三分類され、学校ごとの学力が全国平均と比較できる。05年5月の同テストでは、旧真田町の小学校二校の2年の児童たちは、国語のテストすべてにおいて、なんと全員がAだった。全国平均はAが66%、Bが28%、Cが6%であった。
中学1年の数学では、計算能力で、旧真田町のN中学校ではAが82%(全国平均は63%)、Bが15%(22%)、Cが3%(15%)。いずれも全国平均をはるかに上回っている。
次に英語。S中学2年では、表現能力はAが68%(全国平均は54%)、Bが26%(23%)、Cが5%(23%)。理解能力は、Cの生徒が全国平均の18%に対して、S中学はゼロ。特定の生徒たちが抜きん出た結果ではなく、全員が学力を伸ばしたということに価値がある。
全国の悩める学校にとって、旧真田町の取り組みはなにか示唆するものがあるのではないか。
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