「 日本外交はなぜ失敗するのか。日露外交を成功に導く要因は何か Part.1 」
『週刊ダイヤモンド』 2006年9月9日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 656
開国以来、日本は外交で多くの敗北を重ねてきた。対中、対露外交では、領土問題を筆頭に、現在も深刻な問題を抱えている。成功だと評価される小泉純一郎首相の対米外交でさえ、危うさがつきまとう。
日本外交の失敗は、自他を相対化出来ないところから始まる。最も顕著な例が日露外交だ。日本国際フォーラム理事長の伊藤憲一氏は、己も知らず敵も知らない日本のままでは、ロシアに100戦100敗すると断言する。
「現在の日本人のロシア研究はせいぜいエリツィン時代のロシアまでの分析が主流で、冷戦時代のソ連さえ知らない研究者もいます。ロシアとは何かと問うとき、国としてのかたちを見せてきた九世紀頃までさかのぼり、以来、変わるロシアと変わらぬロシアを見なければならない。変わらぬロシアを見て初めて本質を知ることが出来ます」
そうして観察したロシアを伊藤氏は、“法治国家”の米国、“人治国家”の中国、“和治国家”の日本に対比させて、“力治国家”(rule of violence)と規定する。
「“力治国家”のロシアでは一六世紀後半のイワン大帝の昔から国家権力を背景とした秘密政治警察を通じて国家意思が形成されてきました。ロシアでは統治権者も国民も、意思決定手続きを問題にしません。主張が妥当か否かも問題にしません。断固たる力の行使にひれ伏すのみです。幾十万、幾百万の人間を、そして敵対的階級すべてを抹殺し、あるいはシベリア送りにしてきたのです。力への崇拝と盲従がロシア人を縛っているのです」
政治はどこの国でもパワーゲームだが、ロシアにおいては、その「力」というのはカリスマでも金権でもなく、最も根源的な意味での「暴力」なのです。そのことを対露外交の大前提として学んでおかなければならないのだ。しかし、その認識が欠けるため、日本外交は、日本と同様の価値観がロシアにも通用するとの前提に立ってきた。
そして冷戦後、日本は国際法や道義を説く外交をロシアに対して展開した。だが、それが通じないと考えるや、利益供与で取引しようとした。その明確な転換点は橋本龍太郎内閣のときに生じ、森喜朗政権で暴走した。
小泉首相は誤れるこの対露外交の方向を変えることができなかった。というより、首相には関心がなかったのだ。そして2003年1月、「日露行動計画」に合意したが、これこそ金権利権外交にほかならないものだ。
だが、金権にも利権にもロシアを動かす力はなかったのだ。北方領土問題は、日本が金権利権を提供したにもかかわらず、進展どころか後退に後退を重ねた。なぜか。ロシアの根源的な欲求は領土にこそ向けられているからだと伊藤氏は指摘する。
「歴史を見ればおのずと明らかです。ロシアは一二~一三世紀頃まではモスクワを中心として30万平方キロメートル程度、今日のポーランドほどの領域に1,000万人ほどが住む小国でした。彼らは他国の支配下にある弱小民族で、独立を果たしたことがなく、北欧系ヴァリャーグ人のルーリック王朝を経て、モンゴルに300年間支配されます。イワン大帝がモンゴルを追い出し、初めてモスクワを中心に35万平方キロメートルのモスクワ大公国をつくったのが、民族独立の始めです。以降、膨張を重ね、ソ連時代の1945年、第二次世界大戦で勝利者の側に立ち、史上最大の版図を手にしました。単純計算では、毎年デンマーク一国分ずつ領土を拡大してきたことになります」
このような領土欲を持つ国が、経済協力によって四島を返還することはないと氏は強調する。日本外交の致命的欠陥は、日本がロシアの本質を知らないこと、またそのことにさえ気づいていない点である。無知のなかで展開される外交は、いかなる政権の下でも成功する可能性はないのだ。













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トラックバック by 司法書士資格取得奮闘記 mana-blog — 2006年09月15日 20:52
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