「 日本人学校への駆込み事件で問われる亡命者への国民意識 」
『週刊ダイヤモンド』 2003年3月8日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 484回
韓国の新大統領就任式前日に、北朝鮮が対艦ミサイルを発射した。
その北朝鮮に、国連は核開発放棄を条件に人道的な食糧支援を計画しており、ストロング事務総長特別顧問が来日した。同氏の食糧支援の協力要請に、安倍晋三官房副長官は、拉致被害者5人の家族の早期帰国が最低限のハードルだとして拒絶した。加えて、安倍氏は、これまでに日本政府が支援した120万トンのコメが、国民に行き渡ったか否か疑わしいとも指摘したそうだ。
何かにつけ北朝鮮への援助実施に傾き、国連からの支援要請を渡りに船とばかり受け入れてきた日本政府の、従来の姿勢とは様変わりである。北朝鮮問題に関しては、日本外交は徐々に本来あるべき姿へと変化しつつある。
一例が、先に帰国した平島筆子さんへの対応である。中朝国境の町、延吉(ヨンギル)市でいったん中国当局に拘束された平島さんを、日本政府は外交ルートを使って正面から受け入れた。長年、北朝鮮問題にかかわってきた現代コリア研究所所長の佐藤勝巳氏は、日本政府が国と国との正面からの交渉で平島さんを保護したことを評価した。
「普通の国なら当然の行動ですが、日本だけはその当然ができてこなかった。見て見ぬ振りをして脱北者を見捨て、救出しても隠して帰国させ、事実を公表もせず、本人たちにも、あくまでも身を隠させてきたのが日本外交です。それが今、日本国籍を持つという理由で、国としての受入れを実行した。これは非常に大きな変化ですよ」
拉致にも朝鮮総聯による不正送金にも、政府が取り組もうとしなかった時代から北朝鮮問題に心を砕いてきた氏の言葉には、実感がこもる。
平島さんの受入れ方式は、北朝鮮に残されている、少なくとも7000人近くの日本国籍保有者にとって大きな希望となる。なぜなら、これまでは北朝鮮を脱出しても、そこから先にまた、生死を賭けた生残りの闘いが待っていた。中国官憲は、脱北者を北朝鮮に送り返したからだ。北朝鮮に突き戻されれば、ほとんど死を意味する収容所送りになる。だが、日本政府が初めて国として日本人の身柄を保護したことで、脱北者は中国当局に拘束されても、日本人だと主張すれば生き残り、日本に戻る道が開かれたことになる。
しかも、この種の情報は口コミで素早く広がる。より多くの日本人の脱北逃避行が始まると考えるべきだろう。
日本外交が主権国らしい姿に近づいてきたことは大いに評価するが、これが、北朝鮮が力を失いつつあるからこその変化にとどまってはならない。国が国として主権を全(まっと)うしなければ、国民はさまざまな被害にいつでも遭遇し得る。北朝鮮問題は、日本に国家であれと厳しく教えているのだ。
一連の問題は政府のみならず、国民全員に対し、危機に直面したとき、人間としてどう行動すべきかを問うている。その意味で2月18日、北京の日本人学校に駆け込み、日本への亡命を希望した4人への対処の仕方には考えさせられた。4人は北朝鮮の国民である。日本人学校側は、生徒の下校時間に学校の門が開くのに合わせて駆け込んだ4人を脱北者とみて、ただちに行動に出た。普通なら、4人を急いで匿(かくま)い、日本大使館などに連絡すると考えるが、映像で見た事の顛末はまったく異なっていた。ガードマンと学校の教師らが、4人を押さえ門外に押し出し、柵のなかから鍵をかけたのだ。
追い出された4人は、道路で不安そうに立っていた。まもなく日本領事館のクルマが彼らを乗せて走り去ったが、万が一、中国官憲に拘束されたら、瀋陽事件の二の舞だ。日本人教育の場で、こんな態度で、命がけで逃げてきた人びとを扱ったことは、恥である。こんな日本人のあり方から、国民も脱しなければならない。