「 憲法改正で国家として拉致解決を目指せ 」
『週刊新潮』 2012年9月13日号
日本ルネッサンス 第525回
去る9月2日、東京・日比谷公会堂で「すべての拉致被害者を救出するぞ!国民大集会」が開かれ、会場は参加者で一杯だった。今年、2度目の大集会を催した理由は、拉致被害者が帰国して10年の節目に、改めて北朝鮮にメッセージを送るためだ。
どれほどの時間が過ぎても日本国民と日本政府の拉致に対する怒りは鎮まりはしないこと、被害者全員の救出を日本国は求め続けていること、拉致の解決なしには国交正常化も経済支援もあり得ないことを、金正恩第一書記に伝えるためである。
家族会、救う会、超党派の拉致議連に加えて、拉致解決のための全国知事会及び地方議員の会も主催団体に加わり、野田佳彦首相も石原慎太郎都知事も参加して、文字どおり、オールジャパンの集会だった。
横田めぐみさんの母、早紀江さんはこうした動きに感謝しつつも、事態が動かないことに危機感を抱く。
「めぐみちゃんが北朝鮮にいるとわかったのが1997年、橋本龍太郎さんが首相のときでした。小渕恵三さん、森喜朗さん、小泉純一郎さんと代が替わり、曽我さんや蓮池さんたちが帰ってきました。それからまた10年が経ちました。この間、首相は野田さんまで、実に10人に上ります」
ちなみに97年から今日まで、北朝鮮と交渉する外務大臣は池田行彦氏から玄葉光一郎氏まで14人に上る。
「政治が不安定で、絶対解決するという政治の決意がよく見えてこないことが不安です。めぐみちゃんの拉致から35年、私はいつ死んでも悔いの無いように全力を尽くしています。でも主人も私も老いました。本当にいつ死ぬかも知れないと思いながらも、もう一度めぐみの声を聞いてから死にたいと思います」
親としての心情を思えば、早紀江さんの悲痛な訴えを慰める言葉もない。どの被害者の親も兄弟も年を重ねてきた。田口八重子さんの兄の飯塚繁雄さんも松木薫さんの姉の斉藤文代さんも皆、「時間がありません」と訴える。
遺骨問題に注目する余り…
北朝鮮の新政権を相手に問題解決のきっかけをどう掴むべきか、安倍晋三元首相はこう語る。
「拉致は金正日総書記が行ったことであり、北朝鮮の新政権は直接の関わりはないという枠組みを作れるか。拉致の解決なしには日朝関係の正常化も日本の対北朝鮮支援もあり得ないことを新指導者に明確に理解させ得るか否かが鍵です。拉致被害者を日本に戻すことによってのみ、北朝鮮は日本の支援を得て、政権維持が出来るということを正恩氏に納得させる明確な情報発信が重要です。日本が強い決意と覚悟で臨み、必要な圧力をかけ続ける構えを決して崩さないこと。日本の基本的姿勢に米国をはじめとする国々の同調と支持を取りつける必要があります」
8月29日から日朝政府間協議が4年振りに、北京で行われた。予定は一日延びて3回目の協議で双方の関心事について本協議を開くことが合意された。「関心事」に拉致が含まれるのは日本側にとって当然だが、北朝鮮側はその点を明確にしていない。一方、北朝鮮は日朝協議の最中、遺骨調査のために日本の民間団体の訪問を受け入れ、泥の中から実際に遺骨を掘り出す映像などを公開した。
こうした状況について安倍氏は慎重である。
「遺骨収集や墓参は無論、重要な問題です。とりわけ国に殉じた戦死者の遺骨は、国の責任において取り組むべき課題です。しかし、いま、遺骨問題に注目する余り、拉致問題への関心が薄れてしまうとしたら間違いです。なんとしても、いま生きている人々の問題解決が先です」
救う会会長の西岡力氏は、金正恩第一書記の最大の狙いは日本からまとまった資金を得ることだと喝破する。
「北朝鮮は遺骨1柱につき400万円を費用として要求しているとの情報があります。昭和20年の終戦前後の引き揚げの際に亡くなった日本人は3万4,600人、うち約2万1,600柱が現地に残されています。仮にこうしたご遺骨のすべてを日本側が引き取るとすれば、北朝鮮は日本から840億円のまとまった資金を得ることになります」
米国政府は1950年代の朝鮮戦争で戦死した米兵の遺骨を1柱5万ドルの代償を払って北朝鮮から引き取っているといわれる。米国政府は米軍の戦死者について戦死の年月日、場所などの記録と、戦死者の遺族のDNAデータを体系的に整理していることで知られる。そのデータに基づいて、遺骨が本物であるか否か、本物であればそれが誰であるかを識別出来る。
対処する手立て
一方、日本政府にはそこまでの情報の整理は出来ていない。従って遺骨が収集される場合、戦死した軍人の遺骨か民間人の遺骨かはもとより、誰の遺骨であるかの特定は困難を伴うと見られる。そうした中、慎重に事を運ばなければ、めぐみさんの遺骨と称して全く別人の、しかも2人の人物の遺骨をまぜ合わせて日本側に渡されたのを、薮中三十二アジア大洋州局長(当時)がすっかりめぐみさんの遺骨と信じ込んで持ち帰ったような事例が再び起きないとは限らないのだ。西岡氏は指摘する。
「北朝鮮は日本の世論を遺骨の方に引きつけて、焦点を拉致から逸らそうとしていると思います。遺族団体の清津会には北朝鮮に亡命した日航機よど号ハイジャック犯の娘などが関係していて、北朝鮮の工作機関の関与も疑われていることを念頭に、注意深い対応が必要です」
北朝鮮は拉致の真実に向き合おうとしないが、対処する手立ては日本側にあると西岡氏は強調する。8月31日、「産経新聞」が一面で「めぐみさん2001年に生存」とのスクープを報じた。北朝鮮が当初93年3月に自殺したと日本側に伝え、その後94年4月と訂正しためぐみさんが、01年時点で生存していたとの内容だ。西岡氏が続ける。
「我々の側には実はもっと詳しい情報があります。拉致被害者が・国家保衛部、・工作機関、・党組織指導部の三段階の監視下に置かれ、隔離されて管理されていることも、把握しています。金正恩は高度の機密に触れていない・のグループだけを日本に返して、拉致問題を終わりにし、日本の経済支援を受けようと考えているでしょう。しかし、我々は高度の機密情報に触れている・のグループの人々や・のグループについても多くの情報を持っています。我々は多くを知っているのであり、北朝鮮が拉致の真実を隠し通そうとしても、それは不可能だと金正恩に認識させることが大事です」
拉致被害者を救出出来ない日本は国家ではないと早紀江さんは語る。日本をまともな国家にする手立てとしての憲法改正こそ必要だ。