「 感情的反発に傾くNHKのオスプレイ報道 」
『週刊新潮』 2012年8月2日号
日本ルネッサンス 第520回
7月23日月曜日のNHK『ニュースウオッチ9』(以下、「9」)の米軍の新型輸送機オスプレイ報道はひどい内容だった。キャスターの大越健介氏の報道人としての見識を疑い、「9」そのものが、報道番組であることをやめてNHKの主張を展開する場へと変質したのではないかと感じた。
「9」の報道は、午前5時すぎの海上でオスプレイ積載の貨物船をレポートする場面から始まる。搬入反対のシュプレヒコールに続いて、「反対」と「諦め」の声が・街の声・として報じられ、福田良彦岩国市長の「非常に憤りを覚える」とのコメントも紹介された。
場面は沖縄県宜野湾市に移り、ここでも反対の声が報じられた。首相官邸周辺での反対デモが次に伝えられ、野田佳彦首相と森本敏防衛相の「安全性が確認されるまでは日本での飛行は行わない方針」「出来るだけ民家の上を飛ばないのが常識」という各々のコメントが紹介された。
これら一連の情報のあとに、井上裕貴氏が岩国から中継した。氏は次のように報告する。
「この場所、実は日中(昼間)、住民団体などによる抗議行動が行われた場所です。この場所、500人余りが参加してぎっしり人で埋まりました。対岸の基地に向かって抗議の声を皆さんあげていました」
日中のその抗議行動の映像を、私も見た。米軍岩国基地の対岸の堤防沿いに人々が十分な間隔をとって連なり、手などを振り上げて大声で叫んでいる映像だ。NHKも報じ、翌日の『朝日新聞』も同じ場所での抗議行動の写真を社会面に掲載した。
どちらを見ても、「ぎっしり人で埋ま」った印象はない。「ぎっしり」は多くの人々が隙間なく密集している状態だ。言葉の正しい意味での「ぎっしり」とは程遠い状況を「ぎっしり」と好い加減に描写して報ずるのがNHKの記者教育なのか。
「ゆるい」表現
もっとも、画面だけでは井上氏が報道局の記者なのかも含めて、経歴はわからない。しかし、番組のレポーターとして現地に派遣するのであれば、記者教育をきちんと行うべきであろう。それをしていない限り、NHKワイドショーに見られてしまう。NHK報道局としての好い加減さこそ批判を免れない。氏のレポートには次のような、報道らしからぬ、ワイドショーにありがちな「ゆるい」表現も目立った。
「抗議行動に参加した人の中には、もう実際に来てしまったのでもう仕方がないと諦める人がいる一方で、やはり今回ばかりは許せないと非常に深い憤りを感じている方が非常に多かったのが印象に残っています」
「非常に深い憤り」、「非常に多かった」というが、「非常に」とはどのくらいを指すのか。井上氏が「500人余り」と報じた抗議者の中のどのくらいの人々を指して「非常に多かった」と言ったのか。現場でアンケートをとる時間などないであろうから全体の何割を指すのかなど、野暮なことは聞くまい。それでも現場に出向いた人間として、「非常に多かった」と断じたのは、自分が意見をきいた人々の「ほぼ全員」なのか、「80%」なのか、「50%」なのか、またはそれ以下なのかくらいは示すべきだろう。
現場の報告の不足を補うのが、番組の主役、大越氏の役割でもある。だが、氏はそうした役割を果たしていない。それどころか、氏の現地報告にも多くの問題が目立つ。氏はオスプレイ搬入前の岩国で岩国市役所の基地対策責任者だった山本滿治氏に取材し、VTRにまとめて伝えた。VTRのナレーションで山本氏はこう紹介された。
「市の職員時代の山本さん。住民からの要望を受け、市は20年以上にわたって国との交渉を続けました。その結果、国は海を埋め立てて滑走路を沖合に移し、市街地から1キロ遠ざけました」「ところが、アメリカ軍の再編に伴って厚木基地から空母艦載機が移転することに。住民の負担軽減のために作られた滑走路が新たな受け皿にされた形です。山本さんは国に裏切られたと感じたと言います」
「私はそれ以来国を信用しないようになったんです」と語る山本氏に、大越氏が尋ねる。「山本さんの胸にあるものは、憤りですか、それとも諦めに似た気持ちですか?」
山本氏は諦めだと答え、「沖縄もだめ、岩国もだめ、そうしたらどうしたらいいかということをボツボツ考える時期じゃないですか」と問題提起する。
大越氏は真剣に受けとめなければならない場面だ。なぜなら、山本氏の問いかけこそ、日本の安全に関する重要な問題提起を含んでいるからだ。大越氏は山本氏に、そして視聴者に、それではあなたはどうすべきと考えるのかと、質すことによって、議論を深められたはずだ。
被害者感情を煽る
中国の異常な軍拡、とりわけ海軍力の増強があり、尖閣をはじめ日本の南西諸島は脅威を受けつつある。そうした状況下、米軍基地は「沖縄もだめ、岩国もだめ」なのであれば、自衛隊が取って代わるべきなのか、それとも何もしないのか、ただ米軍がいなくなればよいのか、その場合、日本の安全は誰が、どう、守るのか。大越氏は問いかけることによって、日本国民に考えることを促し得ただろう。しかし、氏はそんなことはしない。そしてオスプレイ報道を次のように締めくくった。
「オスプレイについては(国が)安全の確認をしっかりやると言っても、これまでにも国に裏切られたという思いを持つ住民たちの心にはまだ届いていません」
「安全の確認」について政府に注文をつけるのはよい。だが、NHKが長い時間を費やして報じたこの項目で、オスプレイの安全性を判断するのに重要な意味を持つ事故率について、メディアの責任の一端として、報じるべきではないのか。オスプレイの事故率は10万飛行時間当たりで1・93。海兵隊の垂直離着陸戦闘機AV8Bハリアーの事故率は6・76。海兵隊全体の平均事故率は2・45(「産経新聞」7月24日)である。米海兵隊の他の航空機の平均より低い水準にとどまっているのだ。森本防衛相も現在配備されているCH46ヘリコプターは老朽化しており、むしろこちらのほうが懸念されると指摘している。こうした客観的な情報をまったく提示せず、また、中国の脅威にどう対処すべきかに一言もふれず、「国に裏切られた」という表現で被害者感情を煽るかのような報道は、明らかな偏向報道である。NHKが「JAPANデビュー」第1回の「アジアの・一等国・」で台湾を取り上げたときのあの凄じい偏向ぶりを改めて思い出さずにはいられない。大越氏は住民の「国に裏切られたという思い」を強調したが、氏及びNHKの報道こそ、手ひどく視聴者を裏切るものだ。
〈『週刊新潮』編集部より〉
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