「 現状維持策では日本は衰退する 開かれた体制で自立心を養いたい 」
『週刊ダイヤモンド』 2011年8月27日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 900回記念拡大版
7月30日の英「エコノミスト」が財政・経済問題を解決出来ない米国のオバマ大統領とドイツのメルケル首相の着物姿の風刺絵を載せ、「日本人になる(Turning Japanese)」と皮肉った。「西側社会における恐るべきリーダーシップの不在、しかし、どこかで見たような……」という副題には、日本人としての口惜しさを超えて、納得せざるを得なかった。
鳩山由紀夫・菅直人両民主党政権自体が日本の悲劇であるのはむろんだが、悲劇の元凶は民主党にとどまらない。この幾十年、わずかの例を除いて、日本の政治は、思考し、決断し、行動し、検証する能力を欠いてきた。
その結果をIMFの資料が突きつけている。1990年には世界シェアの14・3%を占めていた我が国のGDPは2008年には8・9%に、国民一人当たりGDPは世界ランキングで2000年の3位から08年の23位に、それぞれ落ち込んだ。国際競争力評価の年次報告書に見る凋落はさらに激しく、90年の1位から08年には22位に急落した。
日本は恒常的に力を失い続けている。とりわけ冷戦終結後の約20年間、世界が新しい制度を考案し、経済を成長させたのとは対照的に、日本だけが変化を活用出来ず、ほとんど成長出来なかった。シンクタンク国家基本問題研究所の研究員で東京国際大学教授の大岩雄次郎氏は、経済大国だという点も含めて、今日本は、自身の自画像を修正しなければならないと指摘する。
「02年から07年までの6年間の統計から輸出入が総需要に占める割合を平均値で取りました。日本の総需要に占める輸出の割合は14%、輸入は12・9%です。共に10%強でしかありません。貿易立国とはとてもいえず、日本は内需で成り立っている国なのです」
であれば、現状維持が続けば、日本経済がさらに衰退するのは人口の推移からも明らかだ。現在1億2,500万人の総人口は約40年後の50年に約9,000万人になる。40年間で3,000万人の減少は高齢化と同時進行だ。15歳未満の若い人口は現在全人口の18%強を占めるが、50年には9%に半減し、65歳以上の高齢者は22%から37%へと大幅に増える。
高齢者の増加は内需の減少を意味する。おカネはあっても欲しいものが少なくなるからだ。経済成長を望むなら、海外と積極的に切り結ぶしかないのである。その際忘れてはならないのは、日本にはまだ大いなる力が残されており、賢い選択さえすれば日本の可能性はすさまじく広がるということだ。自信を持ってよいのである。
日本の自画像のもう一つの歪みが、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)をめぐる議論から透視される。菅政権はこれを「第三の開国」と位置づけたが、日本はすでに世界の中でも最も開かれた市場中心の国家だ。大樹総研特別研究員の松田学氏が強調する。
「日本の平均関税率は世界的に見て最低水準です。工業品関税はほとんどありません。非関税障壁の高さが外国勢の事業機会を他国に比べて阻害している実態もありません。マネーの世界も同じです。むしろ現状は、中国資本による野放図な日本買収が懸念される状況にあります」
野放図で野蛮な自由が正しいのではない。自由は秩序ある自由であってこそ、真の自由だ。それを担保する設計が重要だが、問題は、日本が制度設計に噛み込めず、それだからこそ、せっかく開国していても、そのメリットを十分に享受出来ていないことなのだ。
そうなる理由は、戦後、安全保障や外交を米国に頼り、自分の頭で問題解決法を編み出す努力を、極度に怠ってきたからにほかならない。国防や外交のあり方は、国際関係の中で日本がどのような姿で立つのかということと同義だ。自分の姿を自分で決められない国が、時として軍事や政治をも凌駕する経済の枠組みを決めることなど出来るはずがない。
数字がここまではっきりと日本の凋落を示している以上、私たちは変わらなければならず、打つべき手も明らかだ。従来の発想をことごとく変えることである。挑戦と一方で新しい脅威に満ちた21世紀に、日本はどのような国になるのか、なりたいのか。新たな夢を掲げて果敢に切り込んでいくことだ。喫緊の課題の一つがTPPである。TPPを単なる経済ルールとして矮小化してはならない。政治、安全保障をも動かす経済の新しい枠組みとして、その戦略的意義を認識すべきだ。
周知のようにTPPはブルネイ、チリ、ニュージーランド、シンガポール4ヵ国の自由貿易協定(FTA)から始まり、08年に米国が、次いでオーストラリア、ベトナム、ペルー、マレーシアが参加した。
加盟国を見れば、日本の参加なしにはほとんど意味がないのは明らかだ。したがって、参加を迫られるという考えを捨て、日本の参加で初めて新しい枠組みが成立するという強い気持ちを持てばよい。
8月10日、初めて空母の試験航行に踏み出した中国は、軍事力を誇示し、アジア全体を席巻しようとする。だが、中国式価値観で支配されるのはアジアにとって究極の不幸である。アジアの秩序や制度は、一方的に主張を押し付け、国際法や契約も無視する中国式価値観に基づいてはならない。互恵尊重の精神と国際法にのっとった合理主義に基づかなければならず、それはほかでもないわが国日本の価値観である。
TPPの議論を通して、日本はアジアの求心力になるべく旗を掲げるのがよい。TPPの諸制度に日本式ビジネスを支える特質と価値観を生かす道をつくること。日本は決して、中国主体のアジア秩序におとなしい構成員として組み込まれてはならない。日本の価値観を主張し、米国との協力を成し遂げ、中国への大いなる牽制とするのだ。
TPPには例外品目がなく、100%の自由化が求められる。モノ、サービスのみならず、ヒトの移動も知的財産権の保護、強化もすべて含まれ、米国とのFTAと考えてよいだろう。それゆえに、参加すれば米国式の手法で日本は丸裸にされる、とりわけ日本の農業は潰滅すると警告する声もある。
だが、ここでも現実を見れば解決の道が開けてくる。日本の農業は決して弱くない。その生産額は世界第5位、先進国では米国に次ぐ農業大国だ。弱点がコメ農家である。平均年齢が65歳を超えて10年後には担い手がいなくなるといわれるコメ農家を守るために、歴代政権は補助金政策を取った。それでも耕作放棄地は増えるばかりで、補助金政策の限界は誰の目にも明らかだ。TPPへの参加不参加とコメ農家の惨状は無関係である。したがって、コメの産業政策は別途考えるのが合理的だ。
月刊「農業経営者」副編集長の浅川芳裕氏の論を借りれば、コメ以外の日本の農業は力強く育っている。40万戸の主業農家(農業所得が全所得の50%以上)が、日本人の消費する国産食料の大半を作り出している。酪農の95%、養豚の92%、養牛の92%、花卉(かき)の87%、工芸作物の85%、イモ類の83%、野菜の82%、麦の76%、豆の76%である。さらにいえば売り上げ1,000万円を超える14万軒の農家が日本の生産の6割を占めている。
彼らは隣に安値攻勢をかける中国がいても、反対に対中輸出を増やしてきた。同じことが世界に対して可能であり、その可能性をTPPによってさらに伸ばすのが政治の役割だ。福島第一原発の事故は日本の農産物の評価を下げたが、これはやがて克服されるだろう。守りの政策から、攻めの政策への方針転換をTPPで実現することで、日本の産業全体がよみがえる可能性が高まる。
内需の国から再び貿易立国に転換を図り、開かれた体制を日本の強みとし、日本人の自立心を養っていきたいものだ。