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2008.10.02 (木)

「政治は国民の心の糧になれるか」

『週刊新潮』’08年10月2日号
日本ルネッサンス 第331回

「人間に与えられたあらゆる才能の中で、雄弁の才ほど貴重なものはない」。確信をもってこう書き残したのは、英国のウインストン・チャーチルだった。当時23歳。彼はさらに書いている。
「雄弁を操る者は、偉大なる王の権力よりも、さらに永続性のある権力を振う。(中略)自己の党から見捨てられ、自分の友から裏切られ、自分の役職をはぎ取られても、この力こそ依然として制しがたい」(『チャーチル』ロバート・ペイン著、佐藤亮一訳 法政大学出版局)

権力を渇望し名声を好んだチャーチルの人柄への評価は、毀誉相半ばするが、第二次世界大戦中に彼が行った演説は、人々にとって「日々の糧だった」と言われるほどの名演説だった。彼の発する言葉は苦境にあった英国民の心を奮い立たせた。

自民党総裁の麻生太郎氏、民主党代表の小沢一郎氏。両氏に求められるのも、日本国民に、未来を切り開いていく勇気と力、心の糧を与えることである。政治の貧困で方向も定まらず、激動する世界情勢に、ひたすら流され続けるかのような現状のままであってはならないのだ。政治家として、信念と魂を込めた言葉を発し、国民を勇気づけ、奮い立たせることが必要だ。

9月22日、自民党総裁となった麻生氏は、それを「天命」だと語り、さらに続けた。
「130年前の本日、吉田茂が生まれた。そして、おととい(20日)、私は68歳になった」

祖父と自分の誕生日の近さ、それにほぼ重なる自民党総裁への選任の日取りは、偶然の一致というより、見えない糸で結ばれた天命であると、氏は受けとめたのだ。

歴史こそ、人間を人間たらしめる要素だ。己れが何者であるかを確認するためにも、人間は歴史を学ぶ。そして歴史の継続性のなかで生きる。

チャーチルの後悔

米国のブッシュ大統領のイラク政策は、〝テロとの戦い〟を大義として掲げながらも、父ブッシュの湾岸戦争の残り火を引きついでいた。安倍晋三元首相は、祖父、岸信介の憲法、安全保障観の影響を明確に受けていた。チャーチルも1901年5月、下院議員として2度目の演説で、大蔵大臣を務めた父、ランドルフ卿の志に触れた。ランドルフ卿は、陸軍の大幅な軍事力増強案に反対し、失脚したのだが、チャーチルは、父が果たせなかったことを、自分が果たさなくてはならないと考えていた。頓挫した父の志に関して、彼は「完全に打ちのめされてずたずたに引き裂かれた旗を、私が今回ふたたび拾い上げることをお許し下さった議会に感謝します」(前掲書)と述べて、財政の節約を訴えるとともに、使用可能な全予算を海軍の建設に振り向けるよう訴えた。

チャーチルは、次の欧州戦争は広範な国民同士の戦いになるとして、英国の選択は地上戦を回避し、海で決着をつけることだと説いた。

20代の若さながら、彼はその後の情勢を実によく洞察していた。ちなみに、戦後の冷戦を象徴する「鉄のカーテン」の表現は、2945年5月12日、チャーチルが米国のトルーマン大統領に宛てた電文に由来する。チャーチルはその後「鉄の柵」という表現も用いて、ソ連の野望を喝破し続けた。「鉄のカーテン」への備えを構築すべしと彼が説き始めたのは、45年4月30日にヒトラーがピストル自殺を遂げ、5月8日にドイツが降伏したわずか4日後のことだ。なんと鋭い認識か。

チャーチルは戦後間もない46年3月、米国のウェストミンスター大学での名誉学位授与式で演説した。
「適切な時期に適切な処置を取ってさえいたならば、これほど簡単に防ぐことのできた戦争も歴史上またとないことでしょう」

台頭するナチスドイツの前でフランスをはじめ欧州諸国が、そして英国もまた、いたずらに希望的観測に埋没し、戦う意思も力も不十分だった。断固対処しさえすれば、ドイツの侵略を防ぐことが出来たであろうし、その結果、欧州はドイツも含めて、もっと平和で繁栄していたであろうと指摘したのだ。

吉田茂の本意

麻生氏の祖父、吉田茂は日本の復興を優先して、経済重視、国防は二の次といういわゆる吉田ドクトリンを打ち出したとされる。それを源流として、今日に至るまで、日本は経済中心の商人国家の道を歩んできた。だが、このような国の形は吉田の願ったものではなかった。田久保忠衛氏が指摘する。
「吉田ドクトリンという言葉を創ったのは政治学者の永井陽之助氏でした。85年に氏が著した『現代と戦略』のなかでのことです。

吉田の本心は、敗戦直後の日本には再軍備の余裕はないという点にあったのですが、永井氏は、吉田が日本国を非軍事国とするところに日本の進路があると確信していたかのように描いてしまいました」

日本が再軍備の道を選んでいたとしたら、その後の経済的繁栄は難しかったというのが、゛吉田ドクトリン派〟の見方であり、それは池田勇人、宮澤喜一らをはじめ、現在の加藤紘一氏、河野洋平氏らにつながる。しかし、吉田の考えは、吉田ドクトリンとは決定的に異なるのだ。また吉田自身が「吉田ドクトリン」などという言葉を口にしたこともない。吉田はむしろ、経済重視路線をとり、軍備や国防を蔑ろにしたことを、後年、悔いている。

政界引退後の63年に著した『世界と日本』のなかで、吉田は、米国依存の「日本の防衛の現状に対して多くの疑問を抱くようになった」、「経済においてはすでに他国の援助に期待する域を脱し」た、「防衛の面においていつまでも他国の力に頼る段階はもう過ぎようとしている」と書いた。田久保氏が指摘する。
「85年、私は、永井論文批判を『諸君!』に書いたのですが、そのときに、吉田と親しかった辰巳栄一偕行社名誉会長に取材しました。辰巳氏は引退した吉田を大磯に訪ね、幾度も語り合っています。そのとき吉田は、戦後日本の国防のあり方に『非常に疑問を感じている』、『自分の力で国を守ることは必要だ』と語っていたと、話してくれました。世にいう吉田ドクトリンは、吉田の本意では、まったくないのです」

総理総裁就任を天命ととらえ、祖父吉田の思いを心に刻んでいるとしたら、それは日本国の基本に関する吉田の考えを正しく具現化したいとの決意につながるであろう。氏が外相時代に打ち出した「自由と繁栄の弧」もまた、健全な軍事力なしには達成出来ない価値観だ。であれば、麻生氏は、経済再建、社会保障などとともに、少なくとも、集団的自衛権の行使を可能にする道を切り拓き、日本国の安全保障体制をまともな民主主義国の体制に近づけることを使命として打ち出すのが良い。

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