「 原子力規制委は科学的、合理的か 」
『週刊新潮』 2013年7月4日号
日本ルネッサンス 第564号
原子力規制委員会の決めた原子力発電所に義務づける新規制基準が7月8日に施行される。
新基準は、高い防潮堤の構築、フィルター付きベントの設置、活断層の有無の確認、運転期間の原則40年ルール導入などを定めた極めて厳しい内容だ。後述するように審査の手法も非常に厳しく、このままでは、日本は2030年代に全原発が廃炉となり、原発ゼロの国になり兼ねない。
世界一優れているといわれる原発技術を有する日本がなぜ、このような事態に陥るのか。それは菅直人氏の置き土産に他ならないと指摘するのは、北海道大学大学院工学研究科教授の奈良林直氏である。
東京都議会議員選挙で、自民党と公明党が全立候補者を当選させ82議席を確保したのとは対照的に、民主党は43議席から15議席に激減した。都内に選挙区を持つ2人の新旧の党代表、菅、海江田万里両氏ともに自分の足下でさえ、都議会議員をほとんど当選させられなかった程の惨敗だ。
事実上、有権者から見放された菅氏が掲げたのが原発ゼロ政策である。それを白紙撤回し、再稼働を明言した安倍自民党が大勝したにも拘わらず、いま原発ゼロがじわじわと実現しそうな状況が生じている。それは民主党が仕組んだことだと、他ならぬ菅氏が語っている。
氏の発言は今年4月30日の「北海道新聞」で報じられた。
「原発の終わりが見えれば、原発メーカーも長期的に投資しなくなる。大半の原発が動かない今の状況が続けば、産業界だって原発から離れていくでしょう。今後2,3年が分かれ目だと思います」
氏の見立ては的中している。原発関連メーカーは利益を確保出来ず、電力会社は軒並み大赤字だ。施設の点検作業も滞りがちな状況下、地元零細企業は仕事が減少して倒産の瀬戸際にある。奈良林氏が警告した。
「最悪の現象が進行中」
「発電所の安全は地元の中小零細企業によって支えられています。彼らが経営的に行き詰まって撤退すれば、日本の原子力関連技術は継続出来なくなり、運転停止中の原発の安全性も危うくなります。このような最悪の現象がいま進行中なのです」
原子力関係学科を専攻する学生も顕著に減少し始めた。奈良林氏の教える北大は辛うじて前年並みの学生数を保っているが、京都大学、東京工業大学など原子力研究で知られる名門大学の大学院でさえ、定員割れを起こしている。
「菅氏の予言どおり、今後2,3年が分かれ目です」と奈良林氏。
菅氏は、民主党の原発ゼロ政策を安倍晋三首相が白紙撤回したことについても、語っている。
「トントントンと元に戻るかといえば、戻りません。10基も20基も再稼働するなんてあり得ない。そう簡単に戻らない仕組みを民主党は残した。その象徴が原子力安全・保安院をつぶして原子力規制委員会をつくったことです」
氏はさらにこう続けた。
「日本原電敦賀原発(福井県)をはじめ活断層の存在を指摘しているし、稼働中の関西電力大飯原発(同)も止まるかもしれない。独立した規制委の設置は自民党も賛成しました。いまさら知らんぷりはできない」
原発ゼロの仕掛けとして菅氏がいかに原子力規制委員会に期待しているかが窺える。
規制委員会は昨年9月、国家行政組織法に基づいて、人事、予算などにおいて内閣から独立し、強い権限を有する3条委員会として出発した。それ以前の原子力安全・保安院が原発を推進する経済産業省・資源エネルギー庁の一組織であったために、安全性確保に必須の厳しい規制が出来なかったことを見れば、規制部門を分離したこの組織改編は正しかった。だが、規制委員会の扱う安全規制の全面的見直しは日本のエネルギー政策を左右する重要事項であり、与えられた権限の強大さを考えれば、委員長以下、総勢5名の委員は真に専門家の中の専門家、良識派の中の良識派でなければならない。
にも拘わらず、民主党の人選はどうだったか。5人は昨年7月、野田佳彦首相(当時)が国会の同意を得ないで、例外規定に基づく首相権限で任命した人々だ。しかも、政権交代後、自民、公明、民主、いずれの党も十分な議論をしないまま、同人事を承認した。
菅氏が自民党も「いまさら知らんぷりはできない」というのも尤もなのだ。冒頭で新規制基準の要点を紹介したが、それは菅氏の予想がぴったり当たっていると痛感させる。奈良林氏が指摘した。
「たとえば安全を担保するための適合審査です。規制委員会は、人数不足のため、一度に3基の原発しか審査出来ないと言います。田中(俊一)委員長は1基について半年から1年はかかると発言しています。すると、ここ1~2年は最悪の場合、3基しか動かない。最初の3基の適合審査が終わって、次の3基の審査に入って、またそこで時間を費やすとなれば、10基も20基も再稼働するなんてあり得ない。菅氏が言う通りです」
「非常に厳しい条件」
菅氏の原発ゼロへの執念が規制委員会の新基準に巧みに組み込まれているのだ。適合審査に時間を費やす内に、原発40年の寿命も尽き兼ねない。規制委員会は、日本の原発の運転期間を40年とし、例外的に1度だけ20年の延長を認めると決定したが、田中委員長は今年1月11日の「朝日新聞」朝刊で語っている。
「事業者が申請してきたら門前払いは出来ませんが、非常に厳しい条件になるでしょう」
「非常に厳しい条件」とは、単に安全基準を満たしているか否かを厳しく判断するということではない。延長手続きを見ると、日本の原発は40年以上運転するのは不可能だと思わざるを得ない。なぜなら、事業者は40年に到達する時点から逆算して1年3ヵ月前にならないと延長の申請が出来ないからだ。
書類に小さな不備があれば突き返される。審査で改造工事を指示されれば終わりである。原発は小さな工事でも1年や2年は容易にかかるからだ。これでは期限内に条件を満たすことはおよそ不可能だと専門家は言う。だからこそ、米国では申請は期限切れの10年前から受けつける。
田中氏の発言をこのような背景の中で捉えれば、40年を超える運転は認めないと宣言したに等しい。
誰しも原発は安全性最優先でなければならないことは承知だ。しかし、規制委員会のルールと手法に従えば、30年代に日本は本当に原発ゼロになり兼ねない。そこに公正な科学的根拠と正当性はあるのか。日本はそれでやっていけるのか。大いに疑問である。3条委員会の強い権限に守られ、非科学的かつ非合理的な厳しいルールを押しつけるとすれば、規制委員会を徹底的に検証することが欠かせない。