「 『議員立法提出(10月10日)』に注目せよ!1票の格差是正で日本はガラリと変わる 」
『SAPIO』 2001年10月24日号
緊急提言 「構造改革」も「利益誘導政治消滅」もここから始まる
対談:すぎやまこういち氏(作曲家・「一票の格差を考える会」代表)
民主主義の基本はすべての権利が平等に与えられることである。にもかかわらず、日本では民主主義の基本となる選挙制度に大きな問題点がある。1票の価値が地方と都市とで大きな差が生まれているのだ(※1)。この矛盾について根本的な解決を目指し、広く有権者に知らしめたいと、「1票の格差を考える会(※2)」を立ち上げたのが作曲家のすぎやまこういち氏である。本誌の「司法改革とはなにか」の連載でも再三、1票の格差がある限り日本に真の民主主義は根付かないと指摘してきたジャーナリストの櫻井よしこ氏が、すぎやま氏とこの「民主主義の根本的欠陥」について論じ合った。
櫻井: すぎやまさんは「一票の格差を考える会」の代表発起人として、この10月10日から1票の格差を正すキャンペーンをなさるそうですね。
すぎやま: 具体的には10月10日から1ヵ月間、国会周辺で「公平な1票=民主主義の基本」「1票の格差是正へ法改正を!」と描いたラッピングバスを走らせます。国会の会期中は永田町周辺や霞が関、丸の内を中心に、国会が開かれていない日は、浅草、日本橋、八重洲口周辺、それから銀座、渋谷、新宿などの繁華街を走る予定です。
櫻井: 先の参議院選挙で、議員一人あたりの有権者数で最も差が大きかったのは、東京都選挙区の121万6607人に対し、島根選挙区が24万2448人。実に5.02倍の格差でした。衆議院でも最大2.44倍の開きがある。こんな国は、とてもデモクラシーの国とはいえません。
すぎやま: 参議院の1票の格差の話をすると、是正反対派はアメリカ上院を引き合いに出してきます。アメリカの上院は州の代表で、1票の格差は関係ないじゃないかと。たしかに日本の参議院にアメリカの上院的な機能を持たせるとすれば、ある程度の格差はしょうがないでしょう。だけど衆議院は絶対に格差があってはいけない。アメリカでも下院は厳しく1票の平等が守られています。
櫻井: すぎやまさんは、参議院にお優しすぎますね(笑)。アメリカの上院は各州から2名ずつ選ばれ、合計100人。大変なエリートです。出自も問われるし、それぞれの判断が外交政策や安全保障政策などに直接に影響しますから、非常に注目もされる。ところが日本の参議院は衆議院のミニチュア版になっていて、法案への賛成・反対も衆議院とほとんど似たパターンです。そのために自民党が参議院で過半数を取れないと、自公保とかその前の自自公といった政権の組み合わせが生まれてしまう。アメリカの上院と比較するのは妥当ではないと思います。
すぎやま: たしかに、アメリカの上院議員と日本の参議院議員では、質が違いすぎますね。アメリカの上院の場合はまず国益から考える。日本の場合は衆議院も参議院も国益に軸足を置いてものを考え、行動する議員が少なすぎます。自分の利益ばっかりで。
櫻井: 国益という概念は、今の日本には非常に薄いですね。税金を断面にして考えても、大都市の住民は、税金を多く払っていて、しかも1票の価値が非常に低い。
すぎやま: 僕はもう20年も前から言い続けているんですが、いわゆる左翼政党が言うような「資本家が搾取階級で労働者が被搾取階級」という図式はもうなくて、今は「搾取階級が地方で、被搾取階級が都市住民」。それも1票の格差が原因なんです。
1票の格差が支えてきた自民党の長期政権
櫻井: 1票の格差によって潤っている政党は、やはり自民党ですね。自民党政権は、いつの間にかデモクラシーの土台を揺るがす人間の価値の不平等によって支えられるようになったとも言えますね。
ちょっと古い本ですが『補助金と政権政党』(広瀬道貞著・朝日文庫)という本を読むと、その地域にいった補助金の額と自民党に入った票がほどんど比例しています。補助金で潤う人たちが自民党を推し、組織票で自民党議員を誕生させていることを意味します。この人たちは絶対数は多くはないですが、必ず投票に行きますから、その力で自民党の議員が当選してくる。一方、補助金をもらえない、税金を出すばかりの過密地域の住民は、そういった働きかけもないし、「誰が当選しても同じ」という半ば諦めもあって、往々にして棄権してしまう。その結果、ごく少数の人達の意見が実体の何倍もの形になって政治に反映されるというアンフェアな仕組みになってしまっている。
すぎやま: 各都道府県からどれだけ国税が徴収され、逆にその都道府県にどれだけ国税が還元されているかの統計をとると、大都会は還元されるよりも納める税金のほうが大きくて、地方にいくと納める税金よりも地方交付税などで還元される金額のほうが大きい。その損得勘定と1票の格差の損得とは、完全に相関関係がありますね。
櫻井: そのために、ほとんど人が通らないところに立派な舗装道路をつくるような、無駄な公共事業が罷(まか)り通る。デモクラシーの世の中では許されてはならないことですよ。加えて今の日本は大変な財政難なのです。
すぎやま: 地方の国会議員の選挙資金のために、地方の業者に仕事をさせてキックバックをもらう。これが全工事費の何%かは知りませんけど、その分キャッシュであげるから、その工事やめてよと言いたい。そのほうがうんと安上がりです。
櫻井: それはおもしろい案ですね。それにしてもこんなに人間の価値に差があるような政治を許しておくというのは、日本には民主主義が根づいていないんですね。自分で律する「自律」も自分で立つ「自立」も、両方ともない。1票の格差が著しく歪んだ仕組みを作り、その中で利益誘導型の政治が横行し、住民は政治家に頼って、仕事や幾ばくかのお金を手に入れ、そのかわりに1票を渡す。何がどうあるべきかという信念や目標ではなく、どれだけ個人が利益を得るかという、言ってみれば卑しい心で日本の政治の基本が培われてきた。だからこそ国際社会の中でも、日本は何をすべきかではなく、どちらが損か得かで走っていってしまうんです。
すぎやま: とにかくすべてが私利私欲で動いていて、そういうことに対する恥じらいを失っていますよね。大多数の国会議員がそうで、それはまさに国民の反映です。
櫻井: 誰でも民主主義の下で、住民の価値が地域によって何倍も違うのはおかしいと思っているでしょう。分かっていながら直らないのは、既得権益の仕組みが出来上がっているからです。特殊法人とまったく同じです。既得権益の中に甘んじる体質が、浸透しているのだと思います。
すぎやま: 僕は櫻井さんの『日本のブラックホール』(新潮社)を読んで本当に鳥肌が立ちましたよ。たぶん都市住民はもちろん、地方の住民も、税金のひどい使い方に疑問を感じ始めているのではないですか。
櫻井: 小泉首相が、ほとんど実績らしい実績をあげていないにもかかわらず、非常に高い支持率を維持している。それは、いまだに公共事業が必要だと言っている橋本派、つまり旧経世会、田中角栄の路線を継いだ人たちが、1票の格差の下で政治を動かし、腐敗させてきたことをどこかでしっかり感じているからだと思いますね。
すぎやま: それが長野県の知事選で田中康夫が勝った一つの要因ですね。
櫻井: 脱ダム宣言をし、無駄な公共事業はやらないというようなことを言う人は、今までなら長野のような保守王国では落選したはずです。ところが県知事選では、長野県の経済界の重鎮が田中さんを支持した。長野の経済を一番よく知っている財界の人が、こんなやり方では長野の経済がダメになるという危機感を抱いたんです。
すぎやま: それは全国の有権者も相当感じているでしょう。高知県に住んでいる友人が、地元にもかかわらず、ほとんど人がいない離れ小島に何十億もかけて立派な橋をつくったと言って怒っていましたよ。
櫻井: 私も数年前に石川県に旅行したとき、小さな島に橋が2本もかかっていて驚いたことがあります。本当は2本もいらないのに、1本は建設省、1本は農水省の予算で作ったと言うんですね。また何億円もかけて橋と道路を作ったら、その島には車が1台もなかったというケースもあります。
すぎやま まるで漫画(笑)。それも、おおもとは1票の格差です。
「中選挙区復活」はまったくのご都合主義
櫻井: けれど、今、潮の流れが変わりつつあるような気がしませんか。
すぎやま: 思います。小泉内閣の誕生で、やはり大きな潮の流れを感じました。「1票の格差の是正を目ざす議員連盟」には現在100名ほどが入会していますが、そのうち10数名の方は議員立法に向けて非常に熱心で、10月10日にあわせて法案を提出するよう動いて下さっている。
櫻井: いろいろな政治家に話を聞くと、地元の選挙区で、例えば建設業者が「公共工事は減るかもしれないけど、構造改革をやってくれ」と言うそうです。そんな声がゼネコン関係者から出てくるということは、流れが変化している証拠です。1票の格差の是正は、本当に民主主義の根幹を問うものですから、この議員立法はある意味では、すごくかっこいい法案になると思いますね。格差是正に積極的な議員には必ず世論の支持が集まるはずです。
すぎやま: そう思います。この議案に賛成したか反対したかのディスクロージャーをきっちり検証したいと思いますね。
櫻井: 国民は知る権利がありますからね。どの人が是正しようとしてくれたのか、逆にどの人がこの不平等を支持したのかをきっちり見ていきましょう。
すぎやま: ところが一方には逆行する動きもあって、公明党はむしろ中選挙区に戻したい。それで与党協議では、大都市部では定数2から4の中選挙区を復活させることで合意してしまいました。まったくのご都合主義で、ルールとしての整合性がとれていません。
櫻井: 中選挙区制に戻るなんて、本当に不健全ですよ。日本では戦後、最初の総選挙を除いてずっと中選挙区制がとられてきました。中選挙区制は、日本の政治を金権体質に染め上げ、政党が政策よりも地元への利益誘導に走り、政治を停滞させる最大の要因になってきたんです。
すぎやま: 政権交代が起きないというのが一番大きなデメリットですね。
櫻井: ええ。それと同時に、野党にもちゃんと指定席があって、そこそこの数が取れるようになっている。だから、現状維持のままで皆が満足してしまう。その中で馴れ合い政治が横行してきたのです。例えば選挙の投票率が60%だとすると、100人のうち60人が投票に行く。そのうち10票くらいは泡沫候補に行きますから、例えば4人区なら残りの50票を4人で分け合って、12~13票で当選できる計算になる。全選挙区の1割ちょっとの人数を固めればいいわけです。これは、大きな会社とか業界をまとめれば可能な数字です。
すぎやま: 例えば、郵便局がまとまれば……。
櫻井 そう。そういった業界や団体を押さえればいい。ここにお金のやりとり、票のやりとりの腐敗の温床があるわけです。業界と政治家が癒着し、しかも1割ちょっとの票で選ばれているのですから、選挙民全体の利益は、ほとんど考慮されません。しかも1つの選挙区から3人も4人も選ばれると、二流、三流の政治家がたくさん生まれてしまう。小選挙区で1人だけのほうが、それなりに優れた人が出てくると思います。
すぎやま: 選挙に限らず、あらゆるルールというのは、絶対にフェアであり、シンプルでなければいけない。大都市部だけ中選挙区にするというのは、とんでもない話ですよ。アンフェアであり、より複雑になるわけですから。
日本人独特のやさしさが格差を放置している
櫻井 1票の格差を正すことができたら、社会はどんなふうに変わっていくのでしょう。私はとても楽しみです。
すぎやま: 20数年前から1票の格差が解消されていたら、政治は相当違っていたはずですね。
櫻井: この歪みを放置してきたのは、裁判所、特に最高裁の責任も非常に大きいと思いますね(※3)。1票の格差があるのは違憲だと言いながら、それに基づく選挙は許してきた。政治の判断に対して裁判所が警告を発したり、違憲であると断罪できない。立法と司法とがお互いに独立していなくて、司法が立法の下に従属している構図になっています。1票の格差の是正を憲法論からきちんと打ち立てられない最高裁判所は、それだけで資格を欠いていると思いますね。
すぎやま: それで当会は前回の衆議院選挙の際に、最高裁裁判官国民審査に対する意見広告を新聞や雑誌に出したんです。2倍を超える1票の格差を「合憲」とする裁判官に、衆議院総選挙の国民審査で×をつけよう、と。違憲といいながら現状を追認する一番の根底には、事なかれ主義があるような気がしますね。だけど、国民がそれを許していてはいけない。
櫻井: もう一つには、日本人の持っているある種独特のやさしさがあると思うんです。やさしいということはすごくいいことなんですが、ともすると、いわゆる弱者という人達への限りない妥協と、限りない優遇に通じてしまう。
すぎやま: たしかにそれも1票の格差を容認する原因の一つですね。いまだに「過疎地の住民は気の毒だから、1票の格差をそのまま温存しよう」という声がありますから。産経新聞の談話室のコーナーに載った投書ですが、国家というのは人間ばかりじゃなくて、土地からも成り立っている。過疎地域の住民は国土保全の負担が大きい。1票の格差の議論にはその視点が抜け落ちているというんです。しかし、土地が広いから1票の格差が大きくてもいいというのは、無茶苦茶な論理ですよ。地域の主張を代表するのは各都道府県や地方議会の役割で、国益を審理する国会の役割を混同しないでほしいですね。
櫻井 つまり、地方の人には、都市住民に対する信頼がまるでないということでしょうか。都市のエゴだけで投票するというのがそういう主張の前提になっているのでしょうか。
すぎやま: それは自分の鏡なんです。普段、自分が利害損得だけでものを考えて投票しているから、都市住民も絶対そうするに違いないと推し量っている。
櫻井: 1票の格差是正に反対するような議員は、そういう価値観を持っている人だということになる。反対する政治家も賛成する政治家もこの際、全員名前を公表すべきですね。
1票の格差の是正は、議員定数の削減と一緒に実施するべきです。参議院は4分の1から5分の1でいいし、衆議院も300くらい、小選挙だけでいい。
すぎやま: そのほうが少しでも国会議員のレベルは上がるかもしれない。だけど、それだとなかなか政治家がのってこないから、まず1票の格差をなくそうと考えているんです。
櫻井: 議員立法は、具体的にどんな中身になりますか。
すぎやま: 竹下内閣のときの衆議院選挙区改正で、各都道府県の代表としてまず1人ずつ定員を割り当てた。これをやめようというのが一番の基本です。人口が少ない県でも必ず1議席ずつ確保できるというのでは、格差を2倍以下にすることは絶対にできませんから。その枠をなくせば、人口比率で区切りの線を引き直せます。
櫻井: 竹下さんが始めた「ふるさと創生資金」は、大多数の国民は1億円を1回あげて終わりだと思っていますが、実は今も続いているんですよ。年間何百億も出し続けているわけですから、大変な無駄遣いです。旧経世会的な発想は、中央からおいしい補助金をあげます、だから支持をお願いと言って、1回あげたものは既得権益で続いていく。それで支持を得るわけです。それを支えてきたのが1票の格差であり、1票の格差をなくせない仕組みを作ったのも竹下さんだった。
すぎやま: 竹下さんには、とりあえず都道府県の代表を1人ずつということで、なんとなく誤魔化されてしまった。これをやめなければいけない。
櫻井: 先ほどから私たちは、日本には民主主義が育っていないと言っているわけですが、それはGHQによって与えられ、自分で勝ち取ったものではないからかもしれません。しかし、たとえアメリカが与えた民主主義であるにせよ、こんなに歪んだ形にしたのは戦後の日本人の責任でもあります。お金漬けの民主主義、これを直さければ日本に真の民主主義は根付きません。
すぎやま: 東ティモールやカンボジアで初めて民主的な選挙をやるというときには、国連選挙監視団が派遣されますね。そこで、住んでいる地域によって1票の値打ちが2倍以上差があったら、国連監視団はなんと言うか。すごく恥ずかしくて嫌だけど、これで本当に直らなかったら国連選挙監視団を日本に呼ぼうかと言っているんです。
櫻井: それはショック療法ですね。
すぎやま: ただし国益ということを考えると、世界に与える日本のマイナスイメージは大きいし、国民としてものすごく恥ずかしいことだから、やはり自分たちの手で直す最大限の努力をすべきだろうと思っているんです。
櫻井: 1票の格差問題では小泉首相に期待できそうですか。
すぎやま: 小泉さんは総理になるずっと前から、1票の格差是正議員連盟に入っていて、非常に熱心です。6月に議員連盟が申し入れに行った時も、法案提出は是非やりましょうと。ただ、参議院選挙が終わってからにしてほしいと言われたそうです。
櫻井: 小泉改革はまだ具体的成果につながっていませんが、歩みを止めずに前進してほしいですね。早い段階でひとつでもふたつでもきっちりとした形で示してほしいですね。
※1
衆議院小選挙区300(300人)を例に取ると、割り当てはまず47都道府県にその人口に無関係にまず均等に1議席ずつ計47人が割り当てられる。そのあと、残りの253人が各都道府県に人口比例で配分される。初めから人口比例で割り当てた場合では、東京、神奈川などでは3議席も増え、逆に島根、岩手などでは1議席減る計算となる。
※2
作曲家のすぎやまこういち氏が国政選挙における1票の格差に不満を抱き、広く有権者にこのことを訴えようと2000年7月に結成した団体。
※3
2000年9月、98年参院選において千葉県と鳥取県の1票の格差が4.98倍も開いたことについて千葉県の住民が憲法違反だと提訴した裁判で最高裁は合憲だと判断した。