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『週刊ダイヤモンド』 2010年1月16日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 821
藤井裕久財務大臣の辞任など、鳩山民主党は年初から波乱含みである。藤井氏辞任の背景に、小沢一郎幹事長との齟齬があったと指摘されている。民主党政権の展望が一に小沢氏の意向や決定にかかっているといっても過言ではない現在、氏の目指すものは何なのかを、明確に把握しておきたい。
『日本改造計画』(講談社)を世に問うた1993年、氏が主張した政策、憲法改正を実現して日本は普通の国になる、自己責任を旨とし小さな政府をつくる、小選挙区制導入で二大政党制を実現するなどは真っ当な主張だった。
しかし、その後、氏の主張は著しく変化した。すべての根幹である日本国のあり方についての考え方も変わった。憲法改正、普通の国という考えが後退し、国連重視の度合いが強まった。
たとえば、『日本改造計画』では憲法九条を離れて日本は普通の国になるべきだと主張した。集団的自衛権を行使するための「小沢調査会」も設置した。96年の『小沢一郎 語る』(文藝春秋)でも、「日本だけが、お巡りさんの役は御免こうむります、消防士にはなりません、清掃作業も御免こうむります、汚いこと、嫌なこと、危険なことは私ら全くやりません、と言って済みますか」と問うている。
しかし、氏は同書でこうも書いていた。個別的、或いは集団的自衛権で平和を保つ時代はすぎて国連中心の平和維持活動以外に平和を担保する道はないのだから、平和維持のための御親兵を日本が国連に提供すべきだ、と。
ついに、日本は国連に「御親兵」を捧げて、国連の理想を広める先頭に立つべきだと主張するに至ったわけだ。これでは普通の国ではなく、夢見る異常の国である。
それからさらに10年後の2006年、『小沢主義(オザワイズム)』(集英社インターナショナル)で変化はさらに際立った。
「明治維新の際、新政府は当初、自前の軍隊を持たず、薩長をはじめとする旧藩の『多国籍軍』によって国家防衛、治安維持を行っていた。今の国連と同じである」「この明治維新にならって、日本は今こそ国連に『御親兵』を出して、世界平和への我が国の姿勢と理念を世界にアピールしていくべきだ」
なんと明治新政府と国連を同一視しているのだ。維新のとき、確かに明治新政府には自前の軍隊はなく、旧藩が御親兵を奉じた。しかし、それらはいずれも日本人の軍隊であり、出身藩は異なっても目標は一つだった。富国強兵を進め、欧米に追いつき、日本が陥っている国家存亡の危機から脱することだ。それは、すべての日本人が等しく抱いた共通の目的だった。列強の脅威の前に、日本国民は藩の境を越えて団結したのだ。
だが、国連のメンバーは、国も民族も、それぞれの目標もまったく異なる。国連は第二次世界大戦の戦勝国連合にすぎず、いまだに敵国条項をもって、日本を敵国と位置づけている。加えて常任理事国には、中国など、必ずしも日本と価値観を共有しない国がある。
そのような国連に日本が御親兵を奉じて使ってもらうという考えのなんと幼稚で自虐的なことか。
憲法改正と集団的自衛権の双方を否定し、国連重視に傾いてきた小沢氏がたどり着いたのが『小沢主義』である。そこには、「自分の脚で立ち、自分の頭で考えて決断」すること、つまり自己責任の重要性が強調されている。
だが、国連にすべてを託そうという氏の考えは、自己責任の対極にある。壮大な自己矛盾だ。氏がたどった普通の国構想から国連至上主義構想への変化は、憲法改正論から憲法擁護論への変化でもある。結局、小沢氏はいつの間にか、現行憲法の比類なき擁護者になったのだ。日本の歴史を加害者の歴史と位置づける東京裁判史観の信奉者だともいえる。氏の対中政策が朝貢的色彩を帯びる一つのゆえんである。
『週刊新潮』’09年2月5日号
日本ルネッサンス・拡大版 第348回
櫻井 ソマリア沖に横行する海賊退治に国際社会が力を結集しつつあります。中国は昨年暮れに軍艦2隻と補給艦を合わせた3隻の派遣を決め、すでに「大国」としての働きを開始しています。韓国も軍艦の派遣を決めました。他方、日本は3月末あたりを目処に海上自衛隊を送りたいと議論しています。
『週刊ダイヤモンド』 2008年12月13日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 768
この記事が読者の皆さんのお目にとまる頃には、国籍法改正案が参議院で可決され、成立しているはずだ。
改正国籍法は、日本人男性と外国人女性のあいだに生まれた子どもに、夫の認知を条件に、日本国籍を与えるというものだ。父子間の血縁関係の証明は必ずしも必要とされないために、悪用される危険性が指摘されている。
日本国籍を取りたい外国人女性と、いくばくかの収入を得たい日本人男性の偽装結婚を斡旋する犯罪が後を絶たないように、日本国籍取得のための偽装認知の斡旋ビジネスが罷り通りかねないという指摘だ。現に、国籍取得の基準を緩和し、トルコ人を主とする多数の外国人を受け入れたドイツは深刻な問題を抱えるに至っている。
他国の失敗の前例があるにもかかわらず、日本はなぜ、失敗事例をまねるのか。理由の一つに、全員とはいわないが、政治家の怠慢がある。残念ながら、その知的、政治的怠慢は、本来、政治に最も責任を持たなければならない閣僚に最も顕著に表れている。
国家の根幹の一つである国籍法改正でどのような負の影響が生じるかを検討もせずに、法務官僚の言うがままに、法改正を閣議決定したのが麻生太郎首相以下、閣僚の面々だ。
平沼赳夫氏からうかがった話だが、某閣僚から氏に電話が入った。国籍法改正案に、内容も知らずに署名、閣議決定してしまった、なんとか止めてくれまいか、という依頼だったそうだ。あきれる話だが、それでも、この閣僚は他の閣僚たちよりもずっとましだ。他の閣僚たちは、そもそも、改正法の問題に気づいてさえいないからだ。
閣僚になるほどの政治家であっても、いかに日本全体のことを考えていないか、もう一つ具体例を挙げる。地球温暖化防止のための二酸化炭素(CO2)排出削減についてである。
周知のように、日本は、他国に勝る高い技術でCO2排出を低レベルに抑えている。一例が、鉄一トンの製造に必要なエネルギー消費は、日本を1とすると欧米は1.2程度、日本より2割ほどエネルギー効率が悪く、そのぶん余計なCO2を排出している。中国は8.5、ロシアは約20。問題外だ。にもかかわらず、排出権取引で貧乏クジを引かされるのは日本だけだ。
京都議定書は日本が6%の削減率を達成できないように制度設計され、結果、日本は、排出権取引で他国から排出枠を購入せざるをえない。つまり、日本よりはるかに効率が悪く、膨大な量のCO2を排出し続けている中国などに巨額の支払いをすることになる。
環境省は12月3日、6%達成のための排出権購入費用を現時点で7,000億円と見積もったが、専門家らはもっと厳しく、2兆~10兆円という見方もある。明らかに日本をターゲットにした京都議定書の枠組みに替わる、より公正で公平な案を、今こそ日本が提案しなければならないのだ。
過日、ある重要閣僚にこの件について話をした。だが、その閣僚は排出権のことはあまり知らないし、興味がないと言うのだ。自分の所管ではない事柄への無知と無関心は驚き以外の何物でもない。そして私の脳裡に「超然内閣」という言葉が浮かんできた。
大日本帝国憲法発布のときに唱えられた、選挙で選ばれ、民意を代表する政治家や政党の意思にかかわりなく、天皇の閣僚が国政をつかさどるという考えだ。政治家は飾りもので、国政は官僚が仕切るということだ。その伝統が今も色濃く残っているからこそ、閣僚は各省次官の全員一致で決まった法案に、無自覚に署名するのだ。政治家の資質が日本の命運に直結するとの自覚がなく、官僚に導かれることになれているからこそ、二一世紀の国運を左右する、排出権取引にも無関心でいられるのだ。官僚依存から脱し切れないとしたら、もはやその党が、責任政党ではありえないのは明らかだ。
『週刊新潮』’08年12月4日号
【拡大版・緊急対談】平沼赳夫 vs 櫻井よしこ
日本ルネッサンス 第340回
櫻井よしこ 現在、「国籍法改正案」の審議が急ピッチで進められています。11月4日に閣議決定され、既に衆議院を通過致しました。11月25日現在、改正は28日の参院本会議までの議論を残すのみとなりました。しかし、ここにきて、「国籍法改正」には、幾つかの大きな問題があることが明らかになってきました。これを通すことは、国の将来に様々な問題を生じさせるのではないか。少なくとも、国籍法の内容について、与党、野党含めて国民の代表である政治家も詳しく知らないまま、来てしまったのが現実です。
『週刊ダイヤモンド』 2008年2月23日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 728
福田康夫首相の下で特別永住者の参政権付与の問題が再浮上している。各政党内に賛否両論あり、根深い対立を引き起こしてきた同問題は、これまで関連法案が四度廃案となり、22回継続審議となった、いわくつきの課題だ。
『週刊ダイヤモンド』 2008年2月9日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 726
与党も野党も政治の要は「生活第一主義」の実現だと唱え、国会ではガソリンの暫定税率問題に焦点が絞られている。わかりやすく論じなければ、国民がついてこないという思いがあるのだろうが、きわめて限定的かつ単純化された問題提起は、あまりにも国民をバカにしているのではないか。
週刊『週刊新潮』 2007年5月31日号
日本ルネッサンス 第265回
憲法改正の第一歩、「国民投票法」を読むと、改正案の発議には、衆議院では「議員100人以上」、参議院では「議員50人以上」の賛成が要件だと書かれている。各党が党毎にまとまると仮定しても、右の条件を満たすのは、自民党と民主党にとどまる。公明党以下他の全政党は、改正案を発議出来ないのだ。
直ちに二つの疑問が湧く。これで本当に国民各層を巻き込んだ活発な憲法論議が出来るのか、そして、憲法論議に官僚支配の影響が出るのではないかという点だ。
まず第一点について。日本が近代国家建設に取り組んだ明治時代、憲法作成のプロセスには驚くほど幅広い国民参加があった。江村栄一氏校注の『日本近代思想体系9 憲法構想』(岩波書店)によれば、全国で発表された憲法試案は主要なものに限定しても65種類もあった。憲法案を自ら書き上げるのは、なかなか、大変な作業だ。国家とは何か、国家を構成する国民の幸福と安寧を守るためには、どんな仕組が必要か。理想と現実を測りながら、大いなるエネルギーと時間を費やす仕事であり、それは、確かな国家観なくしては出来ないものだ。それを明治の人々は、村長から各界名士、政党まで、嬉々として試案を書き上げ、世に問うた。国造りにかける夢はそれほど大きかった。国民的議論となって沸騰した憲法論議の帰着点として、明治の人々は議会開設を待ち望んだ。どれほど待ち望んだか。32万人が署名したのだ。この数字の意味を、江村氏が前掲書で解説している。
「(当時は)現在の約三分の一の人口、一戸一人の署名、女性参加の社会的制約、交通・通信の不便などを考慮すれば、三十二万人弱という署名数は、現代の約三千万人くらいに相当する」と。
今回の国民投票法では、前述のように憲法改正の発議権が二つの政党に事実上、限られた。一般国民にも、国民の代表である政治家一人ひとりにも、発議権はない。しかし、多くの人が改正に思いを巡らし、多くの改正案をあたためているのではないのか。
゛政官〟攻防の歴史
国民投票法の施行は、3年先だ。その間に、国民各界各層、政治家各人が案を出し合い、熱い論議を重ねることを可能にすべきだ。100人や50人の賛成が必要な、いわば団体としての発議でなければ受理さえされない仕組では、一人ひとりが憲法について考えようという意欲も減退しかねない。自分が考えなくとも、党がまとめてくれるからそれに乗ればよいと考える政治家も出てくると思われる。
このように、100人、50人の要件は闊達な論議を鎮静化させる効果を持つ。それはまた個々の政治家に発議権を与えたくない官僚の企みにも思える。
そもそもアジアで初めて、憲法を定め、議会を開設した日本だが、その近代化の歩みは官僚主義の濃い影を宿していた。時の首相黒田清隆は、憲法発布の翌日、こう述べた。
「政党なるものの社会に存立するはまた情勢の免れざるところなり、然れども政府は常に一定の方向を取り、超然として政党の外に立ち、至公至正の道に居らざるべからず」
黒田の演説は「超然主義」という言葉を生んだ。それは統治者は政党や政治家に左右されてはならないということに尽き、国政の統治者は官僚であるということだ。政治は政治家に任せてはならず、天皇の官僚たちが統治すればよいという官僚至上主義、官僚中心主義である。
官僚主義は日本の政治風土を濃密に染め上げ、明治から昭和の敗戦まで、初代の伊藤博文以下、42代29人の首相が誕生したなか、選挙で選ばれ首相となったのは原敬、濱口雄幸、犬養毅の3名にとどまった(『政官攻防史』金子仁洋、文春新書)。
上の3首相はテロに斃れたが、金子氏は3名の共通項を「『官』の牙城を崩して『政』の統治領域を拡げようとした」と分析する。
官僚支配の構造は明治憲法の規定にも明確だ。政治評論家の屋山太郎氏が語る。
「明治憲法第54条に政府委員制度が規定されています。政府委員は即ち官僚のことです。国務大臣と政府委員は随時、国会に出席し、発言し得る、とされ、彼らは、大臣と同格の地位を与えられているのです。議会誕生以前から統治に関わってきた彼らは、あらゆる意味で、選挙によって選ばれた政治家よりも統治の詳細について知っていたのです」
政と官の攻防は、当初から官が優勢だった。議会開設以前から、政治に携わってきた゛官僚〟たち、彼らを軸とする統治の仕組は坂本龍馬らが古代日本の官僚制、太政官制度を下敷きとして編み出した。
官僚支配の改憲を許すな
これを変えようとしたのが、日本の全過去を否定した米占領軍である。彼らは現行憲法でこの官僚主義を排除し、政府委員についての規定も払い去った。ところが、官僚たちは甦ったのだ。国会法第69条第2項で゛内閣は、国会において国務大臣を補佐するため、両議院の議長の承認を得て政府委員を任命することができる〟旨、定めるのに成功した。
屋山氏が指摘した。
「かつては国会で質問された大臣が『それは大変重要な問題なので政府委員に答弁させます』などと答えるケースもあったのです。1~2年で交代する大臣が官僚に頼らざるを得ない状況はありますが、それにしても、重要事は官僚に任せるという考え方が伝統的に根強かったのです」
政官攻防の構図のなかで、政治家の劣勢は続き、他方、官僚は政治家に劣勢を感じさせないように巧みに補佐することで彼らを操ってきた。
この官僚支配と現在進行中の憲法改正作業はどう結びつくのか。前述のように、衆議院、或いは参議院で100名、50名の賛同者なしには発議出来ないとなれば、憲法改正は団体戦でしか闘えないということだ。多くの議員に支持される改正案でなければならない。それは各条文間に齟齬がないという意味で完璧なバランスがとれていなければならず、内容はより多くの、恐らく価値観も異なる政党や、信条の異なる人々にも受け入れられる平均的なものでなければならない。各議員が発議権を行使する場合の改正案とは、自ずと異なる内容になるだろう。現に、自民党の改正案は、現行憲法よりも尚、味も素気もなく、魅力のうすいものだ。平均的な考え、平均的な文章作りは妥協をはかる政治家や官僚たちの得意技である。
安倍晋三首相は、国民投票法の成立をうけて、自民党憲法草案の見直しを示唆した。その決意が党内外の闊達な議論と、幅広い国民の参加を促すことを期待したい。また、国家のあるべき形を求めるよりも摩擦の少ない平均値を求める官僚主義の排除にもつながることを期待するのである。
週刊『週刊新潮』 2007年5月24日号
日本ルネッサンス 第264回
5月14日、憲法改正の手続きを定める国民投票法が参議院で可決、成立した。現行憲法は改正のための条件を規定しているにもかかわらず、60年間も、改正を実施する法律がなかった。その法律上の空白が埋められ、憲法改正を党是とする自民党が、立法の不作為を克服して公党としての公約を果たせる体制を、漸く作ったのだ。自分の任期中に憲法改正をやり遂げたいと語る安倍晋三首相の決意が窺える。
なぜ憲法改正が必要か。第一に憲法というものが、国家の根幹をなすものだからであり、またそれはその国民の価値観を反映させたものでなければならないからだ。周知のように現行憲法はマッカーサーの命令で作られた。特に9条は「天皇の地位、戦争放棄、封建制の廃止」に関する「マッカーサー三原則」の戦争放棄の原則が下敷きになっている。
マッカーサー案は以下の内容だった。「国家主権としての戦争は、廃止させる。日本は、紛争解決の手段としてのみならず、自国の安全を保持する手段としての戦争をも放棄する。日本は、その防衛と保全とを、今や世界を動かしつつある崇高な理想に委ねる。日本が陸海空軍を維持する権能は、将来ともに許可されることがなく、日本軍に交戦権が与えられることもない」
彼が日本に対して「自国の安全を保持する手段としての戦争」をも禁ずるつもりだったことを、日本人は忘れてはならない。彼は日本国から一切の自衛権を奪い去るつもりだったのであり、侵略を受けたが最後、日本人は座して耐え、侵略者に隷属せよ、それがいやなら、黙って滅んでいけという意味だったといえる。マッカーサーが心の奥深く、どれほど強い日本憎悪の感情を抱いていたかを窺わせる内容である。
憲法草案の起草に関わった民政局もこれには驚いて、「自国の安全を保持する手段としての……」の件を削除した。日本はこれでやっと、侵略を受けた場合は、自衛のための戦いをしてもよいと認められたのだ。
国家は本当に゛悪〟なのか
それでも、マッカーサーが日本国憲法の根幹に組み込んだ、日本国政府に対する類例のない強い縛りは、そのまま残った。軍を否定し、政府の権威も権力も否定し、他方で国民に対しては、権利と自由を強調した。マッカーサーが作らせた日本国憲法では、政府と国民は対立の構造に置かれ、従来の日本の善き風土であった政府と国民の間の信頼関係は姿を消した。
日本国憲法のなかの国家と国民の対立構造は、人類最初の近代憲法である米国憲法をみると、その成立ちや性格の必然性がよくわかる。指摘するまでもなく、米国は母国英国との戦いの炎のなかから生まれた。米国憲法が、英国の軛から逃れ為政者の圧政や悪政に決別するために、たとえば国民の直接選挙による大統領選出や、三権分立を通して国民の権利を保障する性格を強くしたのは自然の成行きだったといえる。
その4年後に生まれたフランス憲法は、革命で王権を倒し、旧体制を破壊し、国民一人ひとりの人権を保障する人権宣言の精神に基づいて作られた。ここでも国家と国民が対立の構図に置かれている理由も必然性も、よくわかる。
だが、批判だけでは何も生まれない。国家を゛悪〟や゛圧力〟と見做すだけでは、何も解決されず、そもそも国家の存在意義もない。そこで国家を構成する国民は、人間として人間に値する生活を営む権利があるという考えが生まれた。これを「社会権」と呼ぶ。「社会権」は、国家が社会権(国民の権利)を担保するためには、国家権力を行使しなければならず、そのための法的根拠を国家に与えなければならないとの考えにつながっていった。この考えを「授権規範」と呼ぶ。
こうして、憲法の目的は国家権力の濫用防止だけではなく、国家には国民のために積極的に果たす役割があるのだということが理解され始めた。国家を前向きに評価するこの新しい視点は、明確な傾向として各国憲法のなかに根づいていった。
日本の歴史を見ると、実は日本こそが、米国やフランスよりも遥か前から、米国については、その誕生のずっと前から、国家と国民の融合のなかで授権規範の考え方を実践していたことがわかってくる。近代憲法に限れば、日本はアジアではじめてそれを持ったけれども、欧米゛先進〟諸国には遅れていた。しかし、歴史を遡れば、゛先進〟諸国より遥かに早い段階で、彼らが目指す国家の前向きの役割を、日本国は体現していたのだ。それを示すのが、日本の2つの憲法、604年の十七条憲法、1889(明治22)年の明治憲法である。
日本人の゛知の精神〟
明治憲法は明治元年に出された゛五箇条の御誓文〟の精神に基づいて起草されたが、遡れば、それもまた、十七条憲法の精神を受けついでおり、共に日本人の生き方と価値観を濃厚に反映している。たとえば十七条憲法の第一条には「上和らぎ、下睦びて、事を論うに諧うときは、事理自からに通う。何事か、成らざらん」と書かれている。身分の上下を超えて問題を論議し、十分に皆が理解するときには、道理は自ずと通るようになり、物事が達成されると説いているのだ。
また、同憲法は賄賂を戒め、貧しき民の訴えに公正に耳を傾けよと説き、「信」と「義」の体現が政治の重要事だと強調する。人間の知の力は大宇宙の真理から生ずるとの立場で、人間の知の力を信ずる基本姿勢を保っている。
遥かな昔、私たちの先人が定めた憲法、国の姿は、和を基調とし、日本人一人ひとりの知の力を信ずる民主的な精神によって成り立っていたのだ。先人たちが日本国の形として書き残した価値観は現代にも十分通用するメッセージである。
強調すべきは、この十七条憲法の延長線上に五箇条の御誓文と明治憲法があり、日本国の形としての憲法は、時代を超えてつながっていること。それは国家というものが、ひとつの有機体のように、民族の文明を世代を超えてひきついでいくものであることを示している。だが、マッカーサーが作らせた現行憲法は、国家の継続性とも日本の価値観とも無関係だ。むしろ、日本的価値の全てと長き文明の流れをバッサリ切り捨てた。現行憲法は、真の意味で、日本人の憲法ではないのだ。だからこそ、改正が必要なのである。
国民投票法の成立で、木に竹を接ぐように不自然な形で与えられた現行憲法を変えるための第一歩が踏み出された。それでも改正への道は長く険しい。だからといって安倍首相は妥協を図り、改正のための改正に終わらせてはならない。改正が、真に日本国と日本国民のためになるよう、勇気ある提言を続け、全員で議論することが大事である。
『週刊新潮』 ’05年11月10日号
日本ルネッサンス 第189回
憲法改正を党是に掲げて50年、自民党は10月28日、改正案を発表した。
懸案の9条は第2項を削除して「自衛軍」の保持を明確にした。
憲法を聖域化し、改正自体を悪としてきた護憲主義、日本のみに軍隊の保有を禁ずる異常性を打ち破る第一歩としての意味は大きい。その点において、自民党案を高く評価する。だが、前文を読んで愕然としない人は少ないであろう。それはテクノクラートの作品で、日本国への愛情も誇りも感じさせない代物だからだ。この種の改正案は、明らかに対症療法にすぎず、日本が直面してきた真の問題への解決にはつながらない。
この最終案を書き上げた自民党の人々には、再度考えてほしい。なぜ、私たちは日本国憲法を改正しなければならないのかと。憲法は国の在り方を示す基本で、国柄を表現するものだ。人に歴史があるように、国にも歴史がある。その人をその人たらしめてきた家族や故郷があるように、国にはその国をその国たらしめてきた文化文明、国土風土がある。だからこそ、憲法は、なによりもまず、日本の文化文明、国土風土を踏まえなければならない。憲法で国柄に触れる部分としては前文が最もふさわしい。
現行憲法は前文を含めた全条文が“日本らしさ”を否定する精神によって書かれたのは周知のとおりだ。
憲法学者で駒澤大学教授の西修氏は1984年から85年にかけて米国を訪れ、日本国憲法の作成に関わった米国人で、当時健在だった10名ほどに取材し、出版した。彼らは一様に「まだ、日本人はあの憲法を守っているのか」と言ったそうだ。そのひとり、民政局行政部長を務めたC・ケーディス氏が述べている。
「私たちが憲法草案を起草したとき、最終的な憲法を書き上げようとは思っていませんでした」(『日本国憲法の誕生を検証する』学陽書房)
民政局で国会議事録、新聞要録を担当したハウゲー氏は、憲法作成を命じられたが、そのための素養を持っていなかったと認めたうえで、「荷が勝ちすぎてあまりにも困難な仕事だと思いました」と述べている。
民政局で公務員制度を担当した
M・エスマン氏も「アメリカの軍人や弁護士によって起草された憲法は正当性を持ち得ないと思っていた」と語っている(前掲書)。
天皇制をどう捉えるか
日本についての知識も理解も不足していた人々が、彼ら自身も正当性を否定しつつ作った現行憲法だからこそ、改正にあたっては日本人の憲法としての正当性を持たせる内容、つまり、日本文明を反映した内容にしなければならないのだ。
にもかかわらず、自民党改正案の前文は「日本国民は、自らの意思と決意に基づき、主権者として、ここに新しい憲法を制定する」と書き出し、続けて「象徴天皇制は、これを維持する」と素気なく書き放っている。なんという無機質な表現か。
天皇制はこの国の中枢で息づき、幾多の試練を経て125代にわたって存続してきた。祭祀を司る天皇家はまさに日本の精神文化を凝縮した存在であり、天皇制抜きでは日本文明は、良くも悪しくも語り得ない。それを自民党案は「象徴天皇制は、これを維持する」という13文字で片づけたが、そもそも、象徴天皇制こそ、占領統治下で作り出された天皇家の在り方だったのではないか。「自らの意思と決意に基づき」新憲法を制定するのなら、日本の国柄の軸でもある天皇制について、もっと心を通わせることの出来る表現があって然るべきだ。
ちなみに自民党の元々の案、素案では、「天皇を国民統合の象徴としていただき、和を尊び、多様な思想や生活信条をおおらかに認め」てきたのが日本人であることが強調されている。古来の神道に加えて仏教をも受け容れた聖徳太子の時代から、日本は和を尊びつつ、実におおらかな精神文明を築いてきた。その文明の統合の証しとして、天皇制をいただいてきたとの表現は、史実であり、継続したい伝統である。
これら全てを削除したうえでの最終案の13文字には、もはや日本の香りも、文明の片鱗もないのである。
同じく最終案は日本の国土風土には全く触れていないが、素案では日本の国土は「アジアの東、太平洋と日本海の波洗う美しい島々」と表現された。日本国民は「自然との共生を信条」とし「美しく豊かな地球環境を守るために力を尽くす」ものであるとの誓いも述べられている。
日本人の自然への慈しみは、外国の人々に強烈な印象を残してきた。開国前年の1857年に初めて長崎湾を訪れたオランダ海軍の教育隊員ポンペは、「乗組員一同は眼前に展開する景観に、こんなにも美しい自然があるのかと見とれてうっとりした」と書き残している(『逝きし世の面影』渡辺京二・葦書房)。
幕末から明治8年までの13年間を日本ですごしたプロシア領事、のちにドイツ公使を務めたブラントは日本の自然を「不断の喜び」「無上の慰め」と表現した(前掲書)。
自国への誇りと尊敬
精神文明の基盤としての日本の自然はこのようにかつて世界に賞賛された。自然を尊ぶ日本人の心情を謳いあげ、美しく豊かな地球環境に寄与するとの素案の決意は、広く世界に共感を呼ぶに違いないだろうに、最終案では削除されているのだ。
かねて注目されていた「愛国心」に関して、素案は「国を愛する国民の努力によって国の独立を守る」と明記されていたが、最終案では、これまた「日本国民は、帰属する国や社会を愛情と責任感と気概をもって自ら支え守る……」と変えられた。愛国心という言葉を憚る余りのまわりくどい表現で、笑えてしまう。
自分を愛し信頼することの出来ない人間が、真に他者を愛し信頼することは難しい。国家も同様だ。愛国心や自国への誇りを尊ぶことは諸国に共通する価値観で、その精神的価値観を欠落させている日本の現行憲法こそがいびつである。「正統性を持ち得ない」という前述のエスマン氏の言葉はその点を指摘したものだ。自民党最終案は残念ながら、自国への愛と信頼を表現するという最も重要な点に応えておらず、失敗作である。
9条の改正やよし。軍事力の保有は国家として当然で9条2項の削除は高く評価する。だが、単に軍事力の保持を認めればよいのではない。駐日フランス大使を務めた詩人のP・クローデルは第二次大戦中の昭和18年にパリで語った。「日本人は貧しい。しかし高貴である」と。
真の武人が、自らの力の効果を知るゆえに他者へ深い想いやりの心を持ち、素養と自らへの信頼故に武力による横暴を慎むように、日本国は軍事力の保持を明確にすると同時に、気品ある国家になるべきだ。その意味で、9条と前文の改正は、一対でなければならない。自民党案前文の全面的書きかえを望むものだ。