「子供にどう語りかけていますか? あるべき意思疎通のかたち」

『週刊ダイヤモンド』   2008年11月1日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 762

過日、NHKが里山を舞台とする子供たちの教育について報じていた。子供たちが自然のなかで鍛錬され、たくましく育つのが見て取れた。


だが、気になったこともある。里山体験を指導するおとなたちの行動や言葉づかいである。天真爛漫に遊ぶように子供たちに仕向けるあまりだろうか、口に含んだ水道水を先生が子供たちに吐きかけるのだ。子供たちは喚声を上げながら逃げる。見ようによっては先生と子供らの親しさの表現にも見えるが、これは基本的な礼儀を弁えていない。里山で指導するおとなたちは「お前ら!」と子供たちに語りかける。“汚い”言葉が垣根を取り払い、親しさを深めると誤解しているのではないか。

言葉は時代とともに変わる。語彙も表現も語り口も、時代の反映といえばそれまでだが、そこで止まってしまいたくはない。

人間を導くものの一つが“知ること”である。かつての日本人は子供たちにどんなふうに語りかけ、教育をしていたのだろうか。型どおりに席に着いての教育でなく、この里山教育のような場で、おとなたちはどのような言葉と態度で、子供たちに接したのだろうか。それを知れば、現代のおとなたちにとっても参考になるのではないか。

たとえば石光真清が残した手記、『城下の人』『曠野の花』『望郷の歌』『誰のために』(いずれも中公文庫)の中の一場面である。

真清は名著『ある明治人の記録 会津人柴五郎の遺書』(中公新書)を著した人物で、明治元年に熊本に生まれた。前述の四作は真清が書き残した資料に沿って彼の一生をたどったものだ。

ここで紹介する場面はおとなと子供の他愛ない会話の場面にすぎないが、それだけに日本人の姿をよく見せてくれる。明治八年、真清が八歳のとき、熊本城を見下ろす祇園山のわき出る清水のほとりで友だち二人と遊んでいると、立派な武士がやって来る。友だちは武士の姿を見ると、姿勢を正してていねいにお辞儀をし、「本山村の吉武次郎太の長男半次でございます」と挨拶する。わずか八歳の子供がこんな立派な自己紹介の挨拶をするのだ。武士は応えた。
「おお、吉武氏の御子息か。それは失礼した。して、その二人はどなたかな」

七~八歳の子供たちに、きわめてきちんとした言葉づかいで応じている。

やがて武士と子供たちは打ち解け、会話が弾む。武士は三人の子供たちを抱き上げ、「中々重い。これは腕節が強そうだ」とほめる。子供が「森源右衛門殿の門下です」と応え、武士は「どうだ、一本やろうか」と誘う。

子供が透かさず棒切れを拾って身構えると、武士は大きな声で笑って言う。
「その元気だ。きょうは戦わずして加屋(武士)が負けた。気負けした。立ち合うに及ばぬ。勝を譲っておこう」

そしてひとしきり朗らかに笑ったあと、武士は言う。
「今日の記念に頂上に行って、清正公のお話をして上げようか」

一同連れ立って、頂上に登り、大きな石に腰かけて、武士は加藤清正が熊本城を築くまでを語るが、その最後に子供たちに言って聞かせた。

「凡衆は水に浮ぶ木の葉のようなものだ。大勢に押流されて赴くところに従うが、憂国の士はそうは出来ぬ。いつかは大勢を率いるか、あるいはこれを支えるものだ。それを忘れてはなりませんぞ」と。さらにつけ加えた。

「長話をして気の毒だったな。今年のお祭りには揃ってお詣りにおいで」

世の中が急変した明治初期、ていねいで慈愛に満ちた言葉づかいで子供たちに接し、激変する日本を支える力になるようにと言って聞かせる武士の姿に、私は引かれるのだ。真清の手記に多出するこのていねいで穏やかな会話こそ、日本人の意思の疎通のかたちだった。そのことを現代の日本人に知ってほしいと思う。

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プロフィール

櫻井よしこ Yoshiko Sakurai

職歴

1971~74
クリスチャンサイエンスモニター紙
東京支局勤務
1975~77
アジア新聞財団
DEPTHNEWS  記者
1978~82
アジア新聞財団
DEPTHNEWS  東京支局長
1980~96
TVニュースキャスター
1980~現在
ジャーナリスト

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